第27話 男女は相身互い
溜まっている洗濯物を洗濯機に入れて回している間に部屋の片づけをはじめ、乾燥機が終了の合図を出すまでに全てを整理し終えると沙智は潰した段ボール箱を部屋から出した。
そういえば段ボールはどこにゴミ出しすればいいのか聞いていない。とりあえず廊下に置いて、乾燥機から洗濯物を回収する。
興味がないだろうとはいえ男性との共同生活。その辺りはお互いに気を遣うところだ。
ついでにバスルームとトイレの掃除も済ませると、沙智はもう一度キッチンに戻って冷蔵庫の中身を確認した。
哲は帰ってから夕飯を食べる気だろうか。
ふと思いついてスマホを取り出し手早く彼に短いメッセージを送る。
すると一分と経たないうちに沙智のスマホがメッセージの着信を知らせた。
『作ってくれるの? じゃあ帰る』
じゃあ、とはどういう意味だろうか。
頭をひねりながらスーパーへ向かうためにスニーカーに足を滑り込ませた。
近くのスーパーで食材を品定めしながら今夜のメニューを考え、ついでに一週間分の食料もカゴに突っ込む。
清算を済ませると、むわっとする空気の中、食材でいっぱいになった買い物袋を肩にかけて微妙に坂になっている道を黙々と歩いた。
初夏とはいえ蒸し暑い。夏本番になったら今年こそ体が溶けてしまうのではなかろうか。
やっとの思いで家にたどり着くと、沙智はキッチンへ直行して水を一杯、体に流し込んだ。息をついてもう一杯。
そうしてから買い物袋に入った食材を冷蔵庫に仕舞いつつ夕飯作りの準備をする。
そういえば哲って好き嫌いとかあったかな。今まで見てる感じでは何でも食べてたけど。
考えながら携帯にちらりと視線を送る。
まあいいや。あったらあったでその時だ。
開き直って食材を取り出すと沙智は鍋に水を溜めるために蛇口をひねった。
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「うおー。豪華。何? なんかの記念日だった? 誕生日とか?」
「別に、そういうんじゃないけど……」
ただ哲の好きなものも嫌いなものもわからず、保険をかけていろいろ作っているうちに二人では食べきれないほどの品数と量になってしまっただけだ。
「まあいいや。今日は動き回ったし腹ペコペコだよ。すげえうまそう。早く食べよう」
ニコニコ顔で食卓に着いた哲に薄く笑って沙智も彼の正面へと腰を下ろす。
「いただきます」
丁寧に手を合わせて二人で箸をとる。
「この肉じゃがうまい。最近接待で洋食ばっかだったし昼もパスタだったから染みるなー」
「棚の奥の方にあった圧力鍋使ってみたの。でも最近の圧力鍋ってあんなにいろいろ機能ついてるんだね」
深めの鍋を探そうと奥の方を漁っていて出てきた箱に驚いたことを思い出し、沙智は口の端を上げた。料理をよくする方だと自認している沙智でさえあんな最新の圧力鍋を買おうとは思わない。
「ああ、あれ。角煮作りたくてさ。いろいろ調べて結構高いの買ったんだけど、結局一度使ったきりだな」
なんてもったいない。若干呆れながら笑うと、何かを感じ取ったのか哲は慌てて取り繕った。
「いや、でもこんな美味い肉じゃが作ってもらえたんだから買っといてよかった」
「お口に合って良かったわ」
沙智もお箸でジャガイモをつまんで口に持っていく。確かに我ながらよく味が染みていておいしい。
「そういえば今日はどこに行ってたの? 休みの日に動き回るなんてジムにでも行ってた?」
そう尋ねてから、こんなこと尋ねるのはプライベートに干渉しすぎかな、と心配になる。しかし哲は気にした様子もなく自分の小皿に箸を付けながら口を開いた。
「いや、ちょっと実家に行ってたんだ。手紙とか実家に届くものもあるから取りに。そしたら兄貴と甥っ子がいてさ。あっという間につかまって公園行ったり一日中遊び相手だよ」
そういえば子供が苦手だと言っていたっけ。それなら一日中相手をしていたなんてかなりの苦痛だったのではないだろうか。
肩をすくめた哲を見やると、疲れた顔はしているものの思ったよりも楽し気な表情。
なんだかんだ言って甥っ子は可愛いのね。
呆れたような安心したような気分。
「子供って小さいのに体力あるよね。お疲れ様」
そう言って笑うと、哲が「沙智は?」と尋ねてきた。
「今日なにしてた?」
「洗濯と部屋の片づけと、いろいろ家のこと。久しぶりの落ち着いた週末だったしまとめてすっきりできたよ」
今日の午後、綺麗に片付いた部屋を見てようやく肩の荷が下りたような気分がした。本当にやっと、だ。
「じゃあ今日はどこにも出かけてないんだ?」
「うん。スーパーに買い出しに行ったぐらいかな」
答えると、一瞬だけうつむいて思案顔をした哲が顔を上げた。
「じゃあ明日一緒に出掛けない? ちょっと行ってみたいとこがあるんだけど」
彼のその提案に沙智は口ごもった。
「あ、あの、明日はちょっと用事があって……」
別に隠す必要も後ろめたく思う必要もない。それなのにしどろもどろになりながらそう答えると、キョトンとした顔の哲が少し悪戯っぽく笑った。
「用事? なに? デートとか?」
ニヤリと笑った彼に言い当てられ思わずかっと顔が熱くなる。
「ん、まあ、そう、かな?」
曖昧に答えながら彼の視線から逃れるように目の前の茶碗に視線を落とす。
「え? あ? 本当に?」
向かいから戸惑ったような声が聞こえ、しばらく沈黙した後、彼が「そっか」とつぶやいた。
彼氏と別れたばっかりなのにもう他の男とデートするなんて、軽い女だと思われたかな。
なんとなく気まずい沈黙の中、無心に箸を口に運ぶ。
哲はいまだに元のパートナーを忘れられない人なのだ。すぐに乗り換えるような女に嫌気がさすかもしれない。
思っていると、目の前の彼がやたらに明るい声で「まあ」と口を開いた。
「楽しんで来いよ。せっかくのデートなんだし」
そう言って笑った優しい彼に、沙智の胸の奥がずきりと痛んだ。
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