吸言鬼ちゃんはおいしい言葉が食べたい!
奈月遥
とある告白
普段は
放課後の日射しは夕焼けにはまだ遠くても、青の色を欠けさせて黄味掛かって白い校舎を
そこで向かい合う二人の影も揃って長く地面に伸びていた。
「――――」
男子の方が口を開いた。
時間にすれば風が吹いて過ぎ去っていく間の口上は、その表情から真剣で勢い任せで全力で全霊なのは傍から見ても明らかだった。
それなのに。
目の前で告白を受けた筈の女子はきょとんとした顔で首を傾けた拍子にさらりと髪を肩で鳴らした。
「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言って?」
少し困り顔で、それから無邪気な声で女子は告げる。
男子が息を呑んでか細く喉が鳴った。彼の動悸の激しさで肌のあちこちから汗が噴き出している。
目の前の女子は辛抱強く、焦りで自律神経をおかしくしている彼が落ち着くのを黙って待っていた。
彼が何を言いたいのかなんて、女子にははっきりと分かっていた。それでも通過儀礼として、そして大事な思い出になる瞬間として、きちんと言葉にしてほしいと願っている。
男子は生唾を飲み、浅く呼吸を繰り返して、その動きに連れて艶めかしく上下する喉仏を女子は丸っこい目でじっと見詰めていた。
「あの、紗貴」
「うん」
男子に呼ばれて女子は聞いてるよという意思表示で頷きを返した。
彼はまた空気を飲み込んで言葉に詰まる。
焦れったいなと、紗貴と呼ばれた女子は腰の後ろで手を組んで踵で土を擦った。
あちこち彷徨っていた男子の視線がやっと真っ直ぐに紗貴の瞳に向けられる。
「紗貴、好きだ」
彼の声が波紋を描いた空気は、すぐに
紗貴は続く言葉を一秒待ち、二秒待ち、三秒待って、彼がじっと見詰めてくるばかりなのに気付いた。
「うん、知ってる。それで?」
仕方なく、紗貴は彼に先を促してあげた。
欲しい言葉を誘導するなんて、はしたないのかもしれないけれど、煮え切らないこの男が悪い。
「え、それでって、その、だから好きだって、言ってるんです、けど」
声が尻すぼみになる彼に対して紗貴は苛ついてくる。
好きだからなんだって言うのか。その気持ちを知って貰えれば満足なのか、この後どうしたいのか、そもそもどのくらい好きなのか明確な情報を寄越して欲しい。
「好きだから、なに?」
こうして聞き返してあげるのは優しさだぞ、と紗貴は胸の内で彼の幻影を踏み付ける。
「え、いや、なにって……なにが?」
「なにがじゃないよ。好きなのは知ってるけど、それでどうなりたいの?」
今日は何時にも増して察しの悪い彼に、紗貴は少しうんざりする。そのくらいの伝達事項なら、家が隣同士なんだから帰ってからでいいじゃないか。
紗貴が睨み付けても、目の前の男子から続く言葉は出て来ない。
戸惑っているのは手に取るように分かる。でもそこで戸惑う時点で、もう今は無しだ。
紗貴は溜め息に胸の中で渦巻いていた期待を混ぜ込んで吐き捨てた。
「牧、もう少し覚悟を作ってから出直してきて」
紗貴はそれだけ告げて、牧と呼んだ男子の表情がどんな風に変わるのかも見ないで踵を返し、立ち去った。
牧はその場に立ち尽くして、だらりと下げた腕の先で握っていた両手を震わせていた。
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