龍狩り

夕藤さわな

一章

 182:16:02:01


 182:16:02:00


 182:16:01:59……


 左腕の数字は刻々と変化している。

 ぱっと見は銀色だけど角度を変えると青や赤、緑とさまざまな色が現れる。まるでディスクメディアの表面やシャボン玉のよう。同じ色合いを見られることは二度とないかもしれない。

 万華鏡みたいでぼんやりといつまででも眺めていられそうだ。


「ちょっと! 本当にこの道であってるの!?」


「地図を持ってるのは千佳ちかだろ。俺が知るか」


 助手席の千佳と運転席の清孝きよたかがうるさくして邪魔しなければ、だ。

 俺は腕を下ろすと苦笑いで二人の背中に目を向けた。


「もう十六時じゃん! 間に合わなかったらどうすんの! 百年に一度なんだよ、百年に一度!」


「授業が終わるのがあの時間なんだから仕方ないだろ」


「だから途中で抜けようって言ったんじゃん! 龍を捕まえればどんな願いも叶うのに一日早退するくらいなんだっていうのさ!」


「嫌なら先に行ってろって言っただろ」


「免許持ってんの、清孝だけでしょ! ……って、何回このやりとりやらせんのさ!」


「…………」


 ボロい軽ワゴンのハンドルを握る清孝はどんどん前傾姿勢になっていく。


 四月生まれの清孝は十八才になるとすぐに免許を取った。取り立てほやほやの二ヶ月目。若葉マークの緑色も鮮やかだ。

 千佳の金切り声に言い返しながら運転する余裕なんてまだない。


「あと何回やるかは知らないけど今ので三十四回目。運転中の清孝に話しかけんの、やめろよ。事故って三人仲良く天国行きとか洒落にならんだろ」


清史郎せいしろうの性格の悪さで天国行きはないでしょ」


 後部座席に座る俺を振り返って千佳がじとりと白い目で見た。


「千佳の口の悪さと手の早さでも地獄行き間違いなしだね」


 こちらも息をするように言い返す。


「なんだ、天国に行くのは俺一人か。性格の悪い幼なじみを持つと死んだあとさみしいもんだな」


 淡々とした調子で口をはさむ清孝に俺と千佳は揃って小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「一番、地獄に行きそうなヤツが良く言うよ。小学校の頃から何人の女の子とその子を好きな男子どもを泣かせてきたのさ」


「千佳、何人じゃないだろ。何十人だ、何十人。このあいだも美人な先輩に告白されてただろ。しかも振ってただろ。ちょっと背が高くて運動神経が良くて野球部のエースだからって調子に乗ってんなよ、清孝のくせに」


「ひがむな、清史郎」


「うっさいな、ひがんでねえよ!」


「大体、無口なところがカッコいいって……プフー! 笑っちゃうわ! ただ単に面倒くさくてしゃべらないだけなのに! 本当はこーんなに口が悪いのに!」


「千佳と清史郎にレベルを合わせてやってるんだ。優しい、頭の回転が速い、器用と褒め称えろ」


「何が優しい、頭の回転が速い、器用だよ。自分で言うなよ、嘘を言うなよ」


「そうそう。自分で言うな、嘘を言うなってのよ! て、いうかとりあえず一回付き合ってみたらいいじゃん。清孝、理想高過ぎんじゃない?」


「……」


「…………」


 ケラッケラと笑う千佳に清孝は仏頂面で押し黙った。さすがの俺も今の千佳の発言に関しては同意もツッコミもフォローも入れられない。

 窓の外を眺めて黙って微笑むだけだ。


「……ところで本気で道は大丈夫か?」


 話を戻す清孝に俺と千佳は顔を見合わせた。

 狭い二車線道路を走り続けてずいぶんと経つ。車の時計を確認するととっくに目的地に着いているはずの時間だ。さっきから細い路地をいくつも見送っている。目的の路地を見落とした可能性は充分にある。

 俺は千佳の手から地図を取り上げた。


「地図なんて見て……車酔い、大丈夫?」


「目的地にたどり着けなきゃ、ずーっと車に揺られてなきゃいけないんだ。そっちのが大丈夫じゃない」


 地図の左上から右下に向かって伸びる青い線の一部はピンク色の蛍光ペンでなぞってある。多摩川おおまがわと支流の蛇尾川へびおがわが合流する目的地点、俺が事前に印をつけておいたものだ。

 顔をあげ、フロント越しに後方に走り去っていく看板に目を凝らした。現在地はわかった。再び地図に目を落とし、蛍光ピンクの線を指でなぞる。


「うぷ……っ」


「吐くなよ。車を汚したら親父に殺される」


 やっぱり清孝も地獄行き間違いなしだ。

 吐きそうになってる俺に大丈夫かの一言もなく、真顔で言い放つ冷徹な幼なじみに遠慮なく舌打ちして俺は指を止めた。


 間違いない。


「清孝」


「なんだ、清史郎。エチケット袋なら座席のポケットの中だ」


「Uターンして一キロ、引き返せ」


 俺の言葉に清孝は遠慮なく舌打ちした。俺も遠慮なくエチケット袋を広げると顔を突っ込んだ。

 千佳はといえば窓の外を眺めて白々しく口笛を吹いている。犬のおまわりさんっていう選曲が実に腹が立つ。まいごのまいごのこねこちゃん、じゃねえよ。ビブラートが効いていて無駄に上手いのがまた腹が立つ。


 エチケット袋に顔を突っ込んだまま俺はじろりと助手席に座る千佳の背中を睨みつけたのだった。

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