48  ただいま

「大事なことだから二度言う。われは女が苦手じゃ」

「御意」

 帝の言葉に、ブグンは表情筋ひとつ動かさなかった。


「だから――。やはり、タショール妃の言うとおり、そのままの後宮を受け継ぐべきではなかったな」

「イメール妃とタショール妃に御不満がというわけでないのなら、歩み寄りなさりませ」

「いや。だから――、女が苦手なのだ」

「三べん、おっしゃいました」

「むぅ」


「それは龍眼公主ルーヌドゥさまが起因でしょうか」

「……」

 シャタルがバツの悪そうな顔をしたということは、そういうことだ。



 龍眼公主ルーヌドゥ

 それは降嫁して十数年たつというのに、いまだ金杭アルタンガダスに影を落とし、混乱を呼び起こす女なのだ。





 そんなこんなを真白月ましろつきたちが知るはずもなく。

 彼らはホスタイを通過した。


「行きに野営したところだね」

 真白月ましろつきは覚えていた。


 あと一息で、弦月ハガスサラの城だ。


「地下迷宮へは弦月げんげつの城経緯で入ったほうが近い?」

 真白月は〈月〉の部族にならい、布留音ふるねには〈げんげつ〉と言った。

赤金斧ゼフスフ公次第ではないですか」

「置き去りにされたもんね」

 そろそろ日暮れが早くなった。


鞍楽クララも今から山登りじゃ、さすが疲れちゃうし、弦月げんげつの城に入らせてもらおうよ」

「頼むだけ頼んでみましょうか。むげに断られる可能性、大ですが」

 城にいる者たちは、その地下に真白月ましろつきたちの棲み処があること、真白月ましろつきたちのほうが太古からの土地の権利者であるなんてことは知る由がない。



 その弦月ハガスサラの城は、岩山の中腹にある。ふもとからの一本道を来るものは、城の見張りには早い段階で確認できた。

「あ」

 見張り番は、いかにも残念そうな声をあげた。

「前方に来る騎馬の者あり。見覚えあります」

 その者は、いつか真白月ましろつき尿瓶しびんを差し出して、にらまれた兵士だ。


たのもぉ」

 真白月ましろつきが門の前に仁王立ちした。

「うちに用かしら」

 うしろから声をかけられた。 

 ふり向くと墨染の衣の尼がいた。

「あ」

 会ったことがあると、真白月ましろつきは思い出した。


「あなたたち、ドルジの宴会に呼ばれたの? いらっしゃい」

 その尼は、何かカンちがいしている。

「お芝居か何かするの? それとも手品?」


日女ひめのハーフマスクのせいじゃないですか……」

 ぼそっと布留音ふるねがつぶやいた。

 真白月ましろつきは薄桃色(ほのかにラメ入り)のハーフマスクをしている。服は作務衣さむえに似た軽装。

 布留音ふるねも普通の恰好のはずなのだが、顔が整っているから芸能人に見えるのかもしれない。

 あとは、だ。鞍楽クララのせいだろう。馬のマントをはおり、芝居がかった、へんてこな空気をかもし出している。


 びょうを打った重い扉が申し訳程度に開き兵士が、あたふたと出てきた。

「尼君さま、その方たちは」


「月の日女ひめとたのしい仲間たち、です」

 そう、真白月ましろつきは名乗ってみた。



(美形のボケ、ハーフマスクのツッコミの吟遊芸人が誕生するのは、また別のお話でアル)

 鞍楽クララは発声するわけにいかないので、心の中でつぶやいた。




 そして、真白月ましろつき布留音ふるねを迎えた赤金斧ゼフスフ公ドルジは、「逃げだしたのかっ」と、開いた口がふさがらなかった。

「おそろしい、おそろしいことだな……。知らない無知ってことは」


 ふたりは城の応接の間に通されて、かくかくしかじか逃げ出すまでの顛末てんまつを語ったのが、さっきのことだ。


「それで、おまえたちは謀反人扱いなのか、そうでないのか。それによっては、こっちの対応も考えさせてもらわないとだな——」

「ドルジ。面接は終わったかしら」

 うす布のカーテンの向こうから、ひょいと尼がのぞいた。


「母上、いえ、まだ」

 ドルジが今まで聞いたこともないような、やわらかい声を出した。

「あたしは、このコたち、おもしろいんじゃないかと思うのよね。前座を任せてみたらどうかしら」

 尼も、やわらかな声音ではあったが、どこか押しが強かった。そして、完全に何かカンちがいしているということは、真白月ましろつきにでもわかった。


「わかりました! 採用!」

 ドルジが小さな目をひんむいて、真白月ましろつき布留音ふるねにテレパシーを送ってきた。

(話、合わせとけ!)と、布留音ふるねには聞こえた。それで、「ありがとうございます。おまかせください」と、うやうやしくこうべをたれた。


「厨房の近くの召使い部屋を使うといい。食事も用意させる」とドルジが言うのを聞いて、「やった!」、真白月ましろつきは歓声をあげた。


「さ。行った、行った」ドルジが、ほうきで掃くがごとく、真白月ましろつき布留音ふるねを部屋から追い立てる。

 尼のそばを通り過ぎるとき、真白月ましろつきが、ぺこりとお辞儀をすると、尼は「楽しみにしてるわー」と「はい、アメちゃん」と真白月ましろつきの手を取った。

 真白月ましろつきの手に、うす紙にくるまれた飴がのっかった。


「あの尼、殺気がまったく感じとれなかった……」

 布留音ふるねは、けわしい表情で尼の背を見送った。

「無断で日女ひめの手をさわらせるなど、あってはならぬのに」


「いや、殺気て。アメちゃん、くれただけだけど」真白月ましろつきは苦笑いする。たしかに、護衛対象の手を取られるなど、布留音ふるねにとっては、あってはいけないことなのだ。


「母上の誤解は想定外だった……。おまえたち、旅の芸人を装っとけ。明後日あさっての宴会で芸を披露しろ」

 ドルジが頭をかかえていた。

「あ。やはり、ドルジさんのおかあさんだったんですね。月鏡サラトリの離宮で、トゥヤと替えっこした」

 真白月ましろつきの指摘に、ドルジはバツの悪そうな顔になった。

「すまんかった。その節は」

 ドルジは認めた。自分の母親を人質に取られていた。そして、腹ちがいの兄の子を、その代わりに差し出したことを。それに、真白月ましろつきを巻き込んだことを。


「どうする? 布留音ふるね

 真白月ましろつき布留音ふるねの脇腹を、つんつんした。


「水に流しましょう、そのことは」布留音ふるねも鬼ではない。

「いや。明後日あさっての宴会で披露するネタのことだけど」

 そっちかーい。布留音ふるねはひくついた。

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