第4話 全ては順調
急ごしらえの麻薬取引を終えてからもアリサとミハルの関係は続いていた。
ミハルの商品はどこよりも安く、どこよりも質のいいものを取り扱っていたからだ。
それでも二人の距離が縮まることはなかった。アリサはミハルを信用せず、対面での商談を断り続けていたからだ。
けれどある日、アリサが別の取引相手との商談を終えて車で移動していた時のこと。
「ったくあのエロ親父ったらわたしのこと娼婦かなにかと勘違いしてんじゃないかしら。ね、あんたもそう思わない⁉」
「お疲れ様です、アリサ様」
「あーあ、なんなのかしらね男って! わたしの近くにいる男といえばエロい目でみてくるクソ親父かロボットみたいに堅苦しいゴリラだけ! なんで女マフィアが男を買うのかやっとわかっ――――きゃああああ⁉」
突如並走していたバンから発砲音が聞こえ、悲鳴を上げるアリサ。
並走していたバンは強引に彼女の車に車体をこすりつけて横転させる。
ガードマンが反撃し、街中での銃撃戦が始まった。
「アリサ様! 頭を下げてください!」
「なんなのよ! なんなのよこれ!」
「頭を下げ――――うぐぅ!」
ガードマンの一人が頭を打ちぬかれた。
あっけなく目の前で人が殺され、アリサの顔が一気に青ざめていく。
「ひぃ……いや……いやああああああ!」
ボオオオオオオオオオ! と爆音を響かせて黒いバイクが迫り、泣き叫ぶ彼女の横で止まった。
「な、なに……?」
運転手の左手には拳銃が握られている。
「ね、ねぇ……あなた、だれなの……?」
「…………」
運転手はゆっくりと拳銃を持った腕を上げ、そして----バンに向かって乱射した。
「ひっ!」
「乗って!」
運転手がヘルメットを外してアリサに放り投げる。
アリサが顔をあげると、そこにいたのはミハルだった。
「乗るんだ! 早く!」
「み、ミハル……なんで……」
「いいから早く!」
「う、うん……!」
いわれるがままバイクの後部座席にまたがるアリサ。
「ヘルメット被って!」
「うん!」
「いくよ!」
ミハルは右手を目いっぱい捻り、バイクが走り出す。
危険地帯を抜けて夕焼けに染まる海沿いの道を走る二人。
「ねー! どうしてわたしが危ないってわかったのー⁉」
「僕の商売相手が前々から君を目の敵にしていたんだ! だからずっと警戒してたー!」
無論、嘘である。
さきほどアリサの車を襲撃したのはミハルが街で雇ったチンピラ。
しかもこの後、政府が手配した公安部隊が来る手はずになっているので、彼らは牢屋に入れられアリサに黒幕であるミハルの情報が伝わることはない。
「なんでー⁉ なんでわたしを守ってくれるのー⁉」
「それは……」
ミハルはわざと夕焼けと自分がセットで映る場所にバイクを停車し、彼女に向き直る。
アリサからは、いまのミハルはどこか神々しい雰囲気を纏いながら可愛らしい微笑みを浮かべる不思議な存在に見えていた。
「君が……」
「わたしが……?」
どっどっど、と高鳴る心臓。
アリサはじっとミハルの唇を見つめ、次の言葉を待った。
「----僕のお得意様だからさ」
「……へ?」
「この街で成りあがるためにも君の助けが必要なんだ。つまりこれは仕事ってこと」
「ふーん……そう……」
「そろそろ信用してくれたかい?」
「ま、信用はしてあげる」
「そっか。ならよかった」
「でもわたし、あなた嫌い」
「はは、なんだいそれ」
「嫌い嫌い嫌い! だいたい初めて会った時だってあんたがあのお酒を買わなければわたしは普通に飲めたのに! 実は疫病神なんでしょ!」
「そういわれるとなにもいえないけど……でも……」
「でも……?」
「僕は君のこと……嫌いじゃないよ。初めて会ったときから、ずっと」
「~~~~っ! やっぱ嫌い!」
アリサは顔を真っ赤にしながらバイクから降りて、街へと歩いて行った。
心臓は、いまにも破裂しそうなほど高鳴っている。
「どこいくのさ!」
「帰る!」
「送ってくよ!」
「いいの! 一人にして!」
アリサはすっかり火照った顔を潮風で冷やしながら家路についた。
夕日に照らされる彼女の後ろ姿をミハルはじっと見つめていた。
「……あと少し、か」
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