第3話 仕組まれた運命
それから数日後。アリサの事務所にて。
「はぁ⁉ 麻薬の用意ができないってどういうことよ⁉ あんたが卸さなかったらわたしがさばけないじゃない! ねえこの責任どうとって……あっ!」
ブラックアウトしたパソコンに映る自分の顔をみながら頭を掻きむしるアリサ。
彼女は麻薬を国内にいる反政府ゲリラに売る予定になっていたが、前々から取引していた麻薬組織が突如、彼女に渡すはずだった麻薬が用意できないと言い出したのだ。
商品が用意できなければ売ることはできない。だが反政府ゲリラ相手に用意できませんでしたは通じない。確実にケジメをつけさせられる。
「んあああああ! どうすりゃいいのよ!」
「アリサ様。アリサ様と仕事がしたいという者が来ているのですが……」
「アポなしでしょ! そんなのあとにしてよ!」
「いえ、ですが……どうも麻薬のバイヤーのようでして……」
「なんですって⁉」
アリサはささっと、髪を直し「通して」と告げた。
やがて彼女の部屋に訪れたのはいつかのパン屋、ミハルだった。
「あなたは!」
アリサが目を見開いて驚いたのとは対照的に、ミハルは落ち着いた様子で微笑んだ。
「やあ、偶然ですね」
無論、嘘である。
彼は事前にアリサが麻薬を買い取ろうとしていたいくつかの組織に目星をつけ政府に連絡。政府は麻薬組織に睨みを効かせ動きを封じたのである。
その結果、アリサは途方に暮れ、そこに麻薬バイヤーのフリをしたミハルが接近したのだ。
「あなた、パン屋じゃなかったっけ?」
「白い粉を扱う職業ですし、似たようなものですよ」
「全然違うと思うけど……もしかして、この間クラブって……」
「あの時は本当に偶然でした」
「……まぁいいわ。あなたのことは信用できないけど、少なくともいまわたしは早急に麻薬が欲しいの」
「何キロ必要ですか?」
「キロじゃなくてトンよ。一トン用意して」
「かしこまりました」
アリサのやり方はすでに把握している。
まず現実的に不可能な要求をして相手に譲歩させるのだ。
けれどミハルは政府が押収したものと、合法的に製造された麻薬を彼女に売ることで、無茶な要求にも答えられた。
「……は? ちょっとまって、一トンよ?」
案の定、セオリーを崩されたアリサは動揺している様子だった。
「ええ、承知しております。引き渡しは……明日でいいでしょうか?」
「明日って……ピザの宅配じゃないのよ?」
「承知しております」
「……あんた、何者なの?」
「しがないパン屋でございます」
「それはもういいっての! まったくもう……わけわかんない……」
「ふふっ」
「……なに笑ってんのよ」
「死の商人、なんて噂されているのでどんな冷酷な方かと思いましたが、こうしてみると普通のお嬢さんだと思いましてね」
「馬鹿にしないで。わたしはビジネスで女扱いされるのが大っ嫌いなの」
「……では、また飲みにいきませんか? 仕事ではなく、プライベートで」
「嫌よ! 帰って!」
「そうですか……では、せめてこれだけでも」
ミハルはテーブルの上に名刺を置いて立ち上がり「では、また」といって部屋を出ていった。
アリサは名刺を睨みつける。
そこには連絡先と一緒にパンのイラストが描かれていた。
「……馬鹿にして」
アリサは甘い香りのする名刺をくしゃり、と握りつぶしたのだった。
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