エピローグ的なもの
出版計画は立ち消えになったらしい。
「ですよねー」
自殺云々。母親の自演疑惑等々。もちろん出版社から登志子のお母さんに話があった時点で登志子の死亡は確認が取れていたらしいのだが……。
出版社曰く。
話題にはなっていても事が事だから。これ以上騒ぎになり過ぎるのもよくないでしょう? だ、そうだ。
聞いた時、思ったのは理由にもなってない、だった。
最も、登志子のお母さんも、
「てきとうに返事してたらいつの間にか」
だったらしく、冷静になれた今となっては向こうから言わずとも断っていたことだろう。
残念そうだったのは登志子だけだった。
「ですよねーですよねーですよねー(セルフエコー)。あは。あはあは」
「いいじゃないですか。新しくファンも付いたんですから。というより、自分で言ってませんでしたっけ? 死後評価されても嬉しくねーよーうべべべって」
縞湖さんは登志子の口調を真似るのがたいへん面白いらしく身振り交えて演じている。
「ゆった」
ぶっきらぼうに応えた。
「だったら」
「有名になって崇拝されたい」
「欲深いですね」
「現代を生きるカート・コバーンになりたい」
「死んでるじゃないですか」
「注目され、信心集めれば復活も夢じゃない」
「欲深いですね」
「現代を生きるイエス・キリストになりたい」
「罪深いですね。もうありとあらゆる意味で」
「I'm goddess.」
変なポーズ取っていた。
気に病んでるのか、病んでないのかいまいち判じかねる。
縞湖さんは今でも尋ねてくる。
その度、体を貸してくれて登志子に新たに新作を描かせてくれる。単純に新作が見たいのもあるんだろうが、純粋に、登志子とこうして言葉を交わすのが好きみたいだった。
その証拠に。
「あら。もう帰るの? 縞湖ちゃん」
「ええ。今日これから友達と遊びに行く予定なんです。今日は寄っただけです。また泊まりに来ます」
「いつでも来て。ばいばい」
こうして、登志子の家にちょくちょく尋ねてくるのだから。
手料理を食べてくれる存在。
おばさんは何も言わないが心の支えにはなっているだろう。いくら話せる姿を見れるとはいえ所詮は幽霊。物は食べれない。
食卓を囲むことは出来ても、一緒に食べられないんじゃ味気ない。事実、たまに縞湖さんが泊まってくれるとおばさんは嬉しそうだった。
あまり感情の読めない人ではあるにせよ。
縞湖に取り憑けば物は食べれるのだから。
その是非は置いておく。
「おばさんはこれから?」
気付けばおばさんが薄手のカーディガン羽織り髪をまとめていた。
おばさんが振り返る。目線がいまいち合ってない。見えてるんだか見えてないんだか不安になるが、基本この人はこんな感じだ。
ほけーっとしてる。
「四時だから。散歩」
「ああ、そうですね」
「行く」
「いってらっしゃい」
「行こう。うつせみ」
「わんっ!」
おばさんは犬を飼い始めた。
ちょっと前まで『ミケ』という猫がいたのだが老衰で亡くなった。
――温もりは必要だ。
『散歩』という単語に反応したのか、いつの間にか子犬が俺の体をすり抜けていった。どこから引っ張り出したのかリードを口に加え、自らおばさんに手渡す。そのまま出て行った。これで後二十分は戻らないであろう。
「あの名前どうにかならないんですかねー。ほんとお母さんのネーミングセンス謎」
「お前が言うか」
自作品朗読してこい。
「空蝉て」
俺は言う。
「いいじゃないかべつに」
「いいですけどねべつに」
思う所あるんだろう。お互いに。
不貞腐れたような顔がどこかおかしい。
「ね、亮介。わたしたちもどこか行きましょう?」
「……どこへ?」
「グランドキャニオン」
「遠い」
「富士樹海」
「なあ、お前本気で復活狙ってんのか?」
縛られてもいない幽霊だ。
どこへでも移動できる俺たちは好きなように移動していた。
あれからこっち。登志子はふらふらふらふらどこかへ行きたがる。それも超長距離を。それも霊験ありそうな場所ばかり。また何か狙っているんだろうか?
登志子が首を捻った。
「う~ん。そういうわけじゃないんですけど」
「けど?」
「自分でも上手く説明できないんですが行きたくなるんですよね~。神社とかでもいいんですけど。感銘を受けるような場所に行くと魂が疼くと言いますか」
「……」
もしかしたら、登志子はいつか本当に自力で復活を遂げるのかもしれない。
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