通夜
ぽくぽくぽくぽく……。
ぽくぽくぽくぽく……。
鳴り響く木魚。
拡大された制服姿の大きな遺影と真っ白な花の壁。
最前列傍らには、母らしき人の姿。隣に恐らく祖父母。それからあれは父方の祖父母。
それから――。
「見える……。エンドロールが見える……。小相澤登志子享年十六……。中学時代は地味ながらも地味な小学校時代の友達と普通に過ごし、優しげな笑顔を見せるどこにでもいる女の子だったのが一転、この学校に入学してからというもの、その笑顔には陰りが出、遂に一人も友達をつくることなく塞いでしまったという……。シカトとも取れるその空気に耐えられなかった登志子は旧校舎で一人世を儚み自殺。彼女が最後に思ったものは何であったのか。育ててくれた両親か。ペットのミケか。はたまたお友達の町子ちゃんか。ああ、素っ裸の変態だったとは誰も思うまい……。素っ裸の……変態……ちん○ん……ぷらぷら……そーせー」
「登志子って古風な名前だよな。町子ちゃんもそうだけど。地味友ってやつ? あれ? 背伸びして私立来たけれど、垢抜けた雰囲気に耐えられなくなったんでしょ? いるいる。俺の時代にもいたもん。前の学校どこ? おっ、町子ちゃんってもしかしてアレ? 今出てきた子? あの制服……。星賀崎かあ。あそこの学力と霞ヶ丘の距離じゃあ、同じガッコの奴もいないだろうねえ。はあん。頑張って受験して合格したのにぼっちとは。哀れっつーかなんつーか。正にご愁傷さ」
「黙りゃあ変態!」
そう言って登志子ちゃんとやらは口をハッと抑える。両の目浮かぶ『??』マーク。思い直したのかキッと俺を睨み直した。ん。これは色々と説明必要だ。
もうちょい落ち着いてからにしようか。状況的に。
俺はぴっと前を指差した。怪訝な顔して登志子ちゃんは前を向く。
「聞いてあげなよ」
その内、誰も語ってくれなくなるからさ。とは言わない。
今はまだ。
「…………」
「すっ。登志子はっ、ずっと、友達でっ、友達のいない私とも仲良くしてくれてっ、登志子にも友達はいなかったんですけどっ、でもいない者同士でっ、いつの間にか。仲良くなって」
「町子ちゃん」
登志子ちゃんが感じ入ったようにきゅっと胸に手を這わせ呟いた。
マイクの前に立つ制服姿の女の子。
本来ならば、もうその制服に身を通すことのない年齢であるはずの彼女。見渡してみれば同じ制服に身を包んだ生徒があちらこちらにいる。
「余計なこと言わないでいいのに……」
「友達、いるんじゃないか」
「……あいつら……大して仲良くなかった癖してね……ふ、ふふ、そうだよね……元同級の通夜なんて誘い、断るに断れないよね……この制服の発端……奴か……行事の度やたら張り切る女っているよね……あれよ、あれ……全く人の通夜を何だと思って、自己アピールの場だと勘違いしてんじゃねえのかあのアバズ――」
「あんた口わっりいなあ」
「へ? あれ?」
俺は感心とも呆れとも取れない眼差しを向けた。
少女はたった今自分の口から発された言葉を信じられないようでいる。
「聞こうぜ……」
「え、うん。あ、はい。へ?」
混乱した面持ちのままで町子ちゃんのスピーチに向き直った。
「……登志子はっ、絵をっ、いつも描いててっ、漫画でぇっ、へ、へっ、へったくそだったけどおっ、それを、それをおっ、おっ、わたしにっ、ひっぐう、わたしに自慢げに見せてくれてえへえっ、わたしいつもなんて返事すればいいか本当に困るような出来でぇっ。へえっ」
「うひゃああああああ!」
「うるせえなあ」
葬式でこんな奴いたら追い出し必至だ。幸運なのか不幸なのか誰もなにも言ってこないけれど。
「ジャンルはだいぶハード目なやつでぇ! 褒めるとすぐ調子乗るからわたし一回世間を見た方がいいってネットに投稿進めてそんでもってペンネームはあっはあ! ぶほおっ!」
「止めてくるっ!」
「無理だって」
言うも聞かず、登志子ちゃんは町子ちゃんの元へひとっ飛び。
背後ででかでかとプリントされている遺影と全く同じ姿をした少女が目の前にいるというのに気付きもしない。
登志子ちゃんは、鼻水ずびずび言わせたままスピーチする町子ちゃんの手元から手紙をひったくろうとする。が、出来ない。
すかっ。
すかっ。
すかっ。
すかすかっ。
音がこっちにまで聞こえてくるようだった。
やがて町子ちゃんによる登志子ちゃんの生前の恥開示が終了するに連れ戻ってきた登志子ちゃん。
ぺたりとその場にへたり込む。
そうして体育座り。ぎゅっと丸まる。
「わたし、もう生き返れない……」
「最初から生き返れねえんだよ」
「死ぬ……」
「もう死んでる」
「いっそ殺して」
「もう誰も俺を殺せない。そう、お前以外には――。死ぬくらいならいっそお前を犯して俺も死のう。そう、このサンクトペテルブルグの狭間で……なあ、サンクトペテルブルグの狭間ってなに? 何でこの人たち男同士で絡み合ってんの? 背景これ日本じゃね?」
「うひゃあああああああああ!」
会場のそこかしこで涙で頬を濡らしながらスマホ片手にハード目なやつを読み始める人々。内一人の画面を覗き込んで見てみればやや耽美系な絵柄が。
「上手いじゃないか」
「ちくしょう……化けて出てやる……化けて出てやる……」
「もう化けてるけどなあ」
話は三日前に遡る。
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