第8話 精神投射(サイコ・ダイブ)
エレオノーラの処置が終わり、一つの隔離室に足を踏み入れると、ベッドの上で体育すわりで壁に向かって一心不乱に独り言を言っている一人の少女の姿があった。
彼はその子の前で手を振ったり、瞼を指で開いて瞳孔を見てみたりするが、全く反応を示さない。
虚ろに虚空を見ながら口を半開きにしているだけである。
それだけで、もう彼女が完全に精神崩壊を起こしてしまっているのが分かる。
狂魔の脅威によって、精神崩壊を起こした彼女は、自分の世界に閉じこもって外界に無反応になってしまっている。
その最重症の患者を見ながら、クラリスは口を開く。
「そ、そいつはもうどうしようもないんだ。心が完全に砕けてしまって、自分の内的世界に閉じこもってしまっている。完全な廃人で打つ手なしだ。
何も打つ手がないんだからどうしようもないだろ?」
確かにこうなってしまっては普通なら打つ手なしだ。
だが、それでも彼は諦めることはなかった。
「……。だったらどうする?ずっとこのままでいさせるのか?
俺は嫌だ。救える人間がいるのなら、どんな手段を使ってでも彼女たちを救う。
それが、俺のやるべきことだ。」
何のためらいもなく言い切るエルの顔を見て、クラリスは思わず怯えの表情を浮かべながら一歩後ずさる。
「……く、狂ってる。アンタ狂ってるよ。」
「狂ってる?この程度で狂ってるなどとは言わないよ。それに打つ手ならばある。
これより、隔離室にいる最重症者に精神投射(サイコ・ダイブ)を行う。」
それを聞いて、エルの後ろに控えていクラリスは思わず絶句する。
彼の放ったその言葉は、禁じられている呪文、すなわち禁呪だからだ。
禁呪というからには、当然のごとく禁じられた理由も存在する。それは……。
「精神投射(サイコ・ダイブ)ゥ!?おい!分かってるのか!?それは禁呪だぞ!!
つ、使えるのは精神操作魔術を極めた魔術師しか使えないとされているが……。下手をすればアンタも戻れなくなる!」
「『だからどうした?』そんな危険性なんてどうでもいい。今目の前で人が苦しんでいる。そして俺にはそれを救う手段がある。だったらやらない手はない。そうだろう?」
そうエルが断言すると、その隔離室内部に場違いなあはははは!と明るい哄笑が響き渡る。そして、空間が歪み、そこから赤色のロングヘアーとフリルのついた赤い華憐なドレスを身に纏った少女が姿を現す。
『従った方がいいわよ~?修道院長。その子、やると言ったら必ずやる子だから。
まあ、だから私がこの世界に招いたんだけどね。』
そう、それはエルをこの世界へと転生させた大地母神?の化身?を自称する深紅の女神だった。
神々しい雰囲気と同時に禍々しい雰囲気を身に纏った彼女はエルに挨拶する。
『はぁい♡どうもお久しぶり♡中々面白そうな事してるから来ちゃった♡
やっぱりこういう面白い事は実際の目で見ないとね~。』
空間からいきなり姿を現した深紅の女性を見て、クラリスは驚いた顔を見せる。
その顔は絵画などで描かれている大地母神の顔そっくりではあるが、その血のような深紅のドレスや豪奢な宝石など、到底大地母神とは思えない豪華な装飾品と腐敗臭すらするほどの妖艶さは、到底大地母神とは思えぬほどの美貌だった。
「まさか……貴女は大地母神の化身!?いや、違う……?い、いったい何者……?」
そう、その顔は修道院に飾られている女神の姿そのものだったが、その豪奢な深紅の衣装は到底大地母神ではありえなかった。
だが、そんなよく解らない存在が、結界を抜けて修道院の中にまで入ってくるとは。
半ば腰を抜かしているクラリスと違って、エルは不機嫌そうな降臨した彼女をじろり、と睨みつける。
「何の用なんだ?今貴女と遊んでる暇はないんだけど?」
そんなエルに対して、彼女は面白そうな玩具を目にしたように楽しそうに微笑みながら彼に対して答える。
『まあまあ、それよりその子の精神にタイブしたいんでしょ?面白そうだから力を貸してあげるわ。私の力があれば、容易く深層心理内部までタイヴできるわよ?』
まるで悪魔のように、空に浮かびながら、彼女はそうにんまりと笑みを浮かべた。
彼としても、サイコダイブなど初めての経験である。力を貸してくれるのなら、それに従うべきだろう。それがどんな存在か解らない存在であってもだ。
エルは、そんな彼女の提案に、頷く事になった。
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