第2話 メサイアコンプレックス。



 異界の敵との長く破滅的な戦いに人類が敗北するようなことがあろうとも、人類の存在と苦闘の物語が無駄に語られたことにはなるまい──C.A.スミス


 ―――そこは地獄だった。

 悍ましい怪物たちが鎧を纏った地面に血を流しながら横わたっている女性騎士たちの死体を貪り食らっている。

 あるいは空中に浮かんでいるヨクワカラナイ(靄に包まれたように見える)怪物を見てゲタゲタと狂った女性戦士や地面に座って虚ろな瞳でぶつぶつ言っている狂気に捕らわれた女性戦士たちが何人も存在している。


「助けて!助けて!神様!我らが祖神―――”星の戦士”よ!!」


 その女性の叫びと共に、アラームが鳴り意識がフェードアウトしていった。


「うう、嫌な夢を見たなぁ……。」


 そういいながら、安アパートの布団に横たわって眠っていた一人の男性が、もぞもぞと目を覚まして起き上がる。

 大学生にも関わらず、高校生ぐらいにか見えない童顔を持ち、背も普通男子より低めの一人の男性。

 彼の名前は、高橋 光。短髪の黒髪に極めて地味でどこにでもいる中肉中背の普通の大学生。それが彼だった。

 多少童顔という事以外に何の特徴もない彼は、心理大学に通うごく普通の大学生である。

 今は心理カウンセラー、臨床心理士を目指して大学で勉強中である。


「うーん、嫌な夢見たなぁ。目の前で人が苦しんでいるのに救えないなんて気分が悪い。よし、今日はボランティア多めに入れるか。」


 彼には一つの変わった習性があった。

 それは、他人を助けたくて仕方ないという習癖である。

 大学に通うのも困った人たちを救うためだし、勉強しながらボランティアなどで実際に困った人たちの力になっている。

 周囲の人間からは立派な人、お人好しすぎる、などと言われてはいるが、それでも彼にとっては足りなかった。

 もっともっと皆を助けないと。

 誰かを助ければ、それだけ自分の心も救われると彼自身は自覚していた・


「……え?君は心理士の仕事に向いていない?」


 大学の教授に言われ、彼は愕然とした。

 人を救う仕事、助ける仕事として、心理士は自分自身の天職だと考えていた彼にとって、それは衝撃的な一言だった。


「うん、授業でやったかもしれないけれど、君は典型的なメサイアコンプレックスだよ。まあ、対人援助職の人たちにはよくある事だけどね……。

 人を治療するためには、冷静に第三者視点で物事を見なくてはいけない。

 患者に肩入れしすぎてしまっては、適切な治療ができなくなる。

 それに、深入りしすぎて患者と一緒に自滅したり、燃え尽き症候群になってしまったりね。」


 メサイアコンプレックス。救世主願望。それは、「自分には価値がない」「不幸な人間だ」といった劣等感を抱えている人が他者を救うことで自らの劣等感を補おうとする心理だ。彼には「自分には価値がない」と思い込んでおり、それを人々を救うことのできる心理士の仕事でカバーしようとしている、と教授は彼の心理状態を正確に分析していたのである。


「それは……心理士の仕事を諦めろ、ということですか?」


「そこまで言ってないよ。ただ、仕事を長く続けたいのなら、メサイアコンプレックスは克服しておいた方がいいと話さ。まあ、君がそれでもやりたいというのなら止めないけど……。」


 そんな事は決まっている。向いていようが向いていまいが、やるしかない、というのが彼の本音だ。

 人を助けていないと、おかしくなりそうになる。

 ほかの人たちから感謝されることによってようやく生きているような状況なのだ。

 そんな彼が、心理士をやめるなど考えられる事ではない。


「とりあえず、他の人の課題はその人の成長のためにあり、解決するかどうかも含めて本人が決めること、そして、君自身には認知の歪みがあるからそれを自覚する事。

 後は自己肯定感を高める事。これらがメサイアコンプレックスを治す第一歩だね。

 君は優秀な生徒だし、少しでも良くなっていくことを祈るよ。」


その教授からの言葉を受けて、とぼとぼと自分の家に帰っていく彼。

そんな中で、事件は起きた。遊んでいた子供が暴走して、トラックの前へと飛び出していったのだ。それを見て、彼は恐怖より真っ先に体が動いていた。


助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ。

救わなきゃ、救わなきゃ、救わなきゃ。

死ぬのが怖い?そんなことより―――人を救わなければならない!!


そうして、彼は命を落とす事になった。

これをきっかけにして、彼は転生することになったのである。



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