第60話 夕日を背に
今年もまた、スキーシーズンには交代でロッジレストランの業務もこなしていた。だいぶ日も長くなって、天気の良い日も多くなってきた。冬の間はほとんど毎日雪が降るこの雪山だが、春になってくると晴れる日が増えてくる。
そんな春の日の、レストラン業務の最中の事。お昼のピークが終わり、一度ゴミ袋を店外のゴミ置き場へ出そうとした。
午後4時頃。レストランの裏口を出ると、そろそろ傾いた太陽がもろに顔に日差しを注いだ。
「うわ、まぶしいな。」
独り言を言って手を顔にかざした時、一瞬日差しを何かが遮った。何だろうと思って手を下ろし、目を凝らした。すると、太陽を背に、他のスキーヤーよりもすごく速いスピードで降りてくる人がいた。
「上手いな。」
感心して見ていた。だが、その滑り方を見ていて、だんだんその人が近づいて来て、俺の胸がドキドキしだした。あの滑り方・・・まさか。
いやいや、今までにも何度もそんな錯覚を覚えた事があったではないか。雪哉じゃないか、あれは雪哉に違いない、そんな風に思って全然違った事が何度あった事か。だから、今回も違うだろう。けど・・・格好いいな。
その人は、もちろん牛柄のウエアーを着てはいなかった。レンタル品と思われる、赤と白の上下。でも、そのまま仕事に戻る気になれず、もう少しゲレンデの方へ近づいていった。俺は赤い蝶ネクタイをして、黒いタキシードっぽい制服を着ていた。外はこれでは寒いのに、まだ心臓がドキドキしていて、寒さを感じなかった。
さっきの人、また降りてくるだろうか。いや、もう夕方だし、下まで行ったら今日はもう終わりにするかもしれない。
それでも、沈みつつある夕日に向かって、どうしても動けずにいた。しばらくの間、雪哉に思いを馳せて佇んでいた。すると・・・。
また、さっきの人が降りてきた。シュッシュッとリズム良く滑る。カッコイイ。そして似ている。雪哉の滑り方に。ダメだ、俺のメンタルが持たねえ。会いたい。あいつに会いたいよ。
目の前を通り過ぎるまで、と思って見ていたのに、その人は俺の目の前でシュッと止まった。どうしたのだろう。俺が変な格好をしてじっと見ているから、変に思ったのだろうか。すると、その人物はゴーグルを上に上げた。
信じられない。自分の目を疑うとはこういう事か。目の前にいる人が、雪哉に見える。雪哉以外の何者にも見えない。ここに居るはずもないのに、どうしても雪哉に見える。
「え・・・やっぱり、涼介?」
「う、嘘だろ・・・雪哉か?雪哉なのか?」
震える足取りで近づく俺。バカだな、革靴なのに。雪山をそんなんで登ろうとして、当然こける。
「涼介!大丈夫?」
雪哉が板を脱いで駆け寄ってきた。
「本物か?本当に雪哉なのか?」
雪の上に手をついたまま、俺は見上げてそう問いかけた。
「うん、うん、そうだよ。僕だよ。涼介!」
雪哉は俺の頭を抱え込んで抱きしめた。
「何だよ、戻ってきたなら連絡しろよ。ずっと待ってたんだからな。」
すごく嬉しいはずなのに、ずっと会いたかった人に会えたのに、何と口をついて出るのは文句ばかり。雪哉に手を引いてもらって立ち上がりながらも、まだ文句を言った。
「なんで連絡くれないんだよ。ひどいじゃないか。俺は、待ってるって言っただろ?」
すると、雪哉は震える声で、
「待っていてくれた・・・の?本当に?」
と言った。
「当たり前だろ!」
更に文句しか言えない俺。
「ごめん、ごめんなさい、涼介―!」
雪哉は再び俺を抱きしめた。
「お前こそ、俺の事なんか忘れて、他の男とつき合ってるんじゃないだろうな!」
どうしたんだよ俺、文句を言うのを辞めろよ。
「そんなわけないだろ。僕は、涼介がどこかのリゾートホテルにいるんじゃないかって思って、帰国してからずっと、スキー場を回っていたんだよ。」
「雪哉・・・。いや、俺は電話番号も変えてないんだから、連絡出来るだろうが。」
まだ二人で抱きしめ合ったまま、俺たちは文句を言い合う。
「だって、そんな都合のいい事出来ないよ。待ってるなって言っておきながら、今更どの面下げて連絡できるんだよ。それに、きっと涼介にはもう恋人がいるに決まってるって思ってたし。」
「俺を見くびるな。俺はな、人を好きになったのは生涯お前だけなんだからな!そう簡単に忘れる訳がないし、はい次って訳にもいかないんだよ。」
「涼介~。」
雪哉は俺の胸に顔を付けた。そして、泣いた。
「うえーん、ごめんよー。うう、涼介~。」
いつまでも泣きじゃくる雪哉の頭を、撫でていた。こんな日をずっと夢見ていた。雪哉を抱きしめる、そんな夢を。
いつまでも俺が帰ってこないので、
「あれ、三木くんどうしたの?!お客様の具合が悪いの?!」
と、レストランで一緒に仕事をしていた樹里さんが出てきて、ビックリして大声でそう言った。
「あ、いえ。知り合いに久しぶりに会ったもので。すみません、すぐ戻ります!」
と大声で返した。
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