第32話 初めての

 電車に乗っても、雪哉の口数が少ない。やっぱり友加里の事がショックだったのだろうか。このまま独りで帰すのが忍びない。

「ねえ、やっぱり一緒に飲もうよ。」

俺はそう言った。

「え、でも・・・。」

雪哉が躊躇するので、

「俺が奢るって。」

「そんなの・・・。」

「コンビニで缶ビール。」

雪哉が断る言葉を遮って、俺はそう言った。

「ライブ、観に来てくれたお礼にさ。」

俺が呼んだわけでもないけどな。

「うち来る?親いるけど。」

苦笑い。俺の部屋で飲めば、両親に邪魔はされないけれど、話し声とか、多少聞かれてしまう恐れがある。それに、あまり遅くまでという訳にもいかない。

「ご迷惑でしょ?それなら、僕んちにする?」

「え、いいの?」

うぉー!来たー!興奮を必死に抑える。

「狭いけど。」

雪哉がやっと笑った。俺は当然、その申し出を受ける事にした。雪哉の家の最寄り駅で降り、コンビニでビールを買い、一緒に雪哉の部屋に行った。

「おじゃまします。」

マンションの一室。割と広いではないか。独り暮らしにしては贅沢な感じ。さては、雪哉の実家はお金持ちだな?

 リビングではなく、ベッドのある寝室に通された。ベッド脇にある小さいテーブルの上にビールや、今し方買ってきた唐揚げやポテトなどのつまみ兼夕飯を並べ、ベッドに並んで腰かけて、乾杯した。しかし、ビールを飲んでも、二人ともどうも楽しく酔える感じではない。俺は雪哉のちょっと憂いを帯びた様子が気になって、酔えない。

「やっぱり、気になるよね、友加里の事。」

俺がそう言うと、雪哉は俺の顔をチラリと見て、また視線を落した。

「神田さんは、もうあの娘の方がいいのかな。僕なんかよりも。」

「そんな事ないだろ。俺が雪哉をくれって言った時、神田さんは絶対にやらないって言ってたし。そんな簡単に乗り換えたりしないだろ。」

「それ、友加里ちゃんと出逢う前でしょ。」

「う、まあ、そうだけど。でも、神田さんはゲイなんだろ?」

一応聞いてみる。

「ううん、バイセクシュアルなんだって。」

「そうなのか。」

やっぱり。

「あんな綺麗な女の子から好かれたら、誰だってそっちになびくよね。仕方ないよ。」

「もしそうなら、むしろ好都合じゃん。神田さんとはきっぱり分かれて、俺のものになれよ。」

俺は、雪哉の手を握った。これはチャンスだ。友加里が作ってくれたんだけど。

「雪哉、俺とつき合おう?神田さんとはちゃんと分かれて。」

じっと返事を待つ。これはもう、OKしかないだろうに。何を迷うんだよ、雪哉。

「ダメだよ。僕は、神田さんと別れられない。」

嘘だろ・・・。

「なんでだよ。神田さんは浮気してるんだろ?いや、もしかしたら向こうが本命なんだろ?」

「・・・・・・」

雪哉が黙る。

「俺じゃダメなのかよ。雪哉。」

重ねた手を揺らす。

「俺は、お前の事が好きなんだよ。」

更に、言いつのる。

「僕は、涼介が考えてるような人間じゃないよ。」

雪哉が静かに言った。

「どういう事?」

「もっと汚くて、いやらしくて、打算的で、サイテーなんだ。」

ずいぶん自虐的だな。

「そうなのか?それでもいいよ。」

「きっとがっかりするよ、涼介。」

「しないって。」

「でも僕は、神田さんに捨てられたら困るんだ。恋人がいなくなったら・・・。」

「だから、俺がいるだろ。俺がお前の恋人になるよ。」

「でも・・・。でも、涼介は僕を抱けないだろ?」

思いも寄らぬ言葉が出て、びっくりした。

「え、今なんて?」

「だから、涼介は僕を抱けないだろ?元々女の子とつき合ってたんだから。」

「だ、抱けるさ!」

「実際無理だよ。僕、男だよ。」

「分かってるよ!」

俺はカッとなった。無理だと決めつける雪哉に、ではなくて、男とか女とか、元々二つやそこらには分けられない物を、真っ二つに分けてしまう世の中に。そして、俺は少し乱暴に雪哉にキスをした。舌を絡ませる。そのまま、ベッドに押し倒した。

 今まで、神田さんと雪哉がどんな風に愛し合っているのか、考えたくなかったけれど、つい何度も想像してしまっていた。自分が雪哉と愛し合う妄想も、していなかった訳ではない。実際にその場になったらどう感じるのか、不安がなかったわけでもない。だが今、俺の手によって雪哉を快楽の淵へといざなう事に、極上の喜びを感じている。自分がどうかなんて、関係ない。愛する人がどう感じているのか、それが一番大事な事なんだ。


「ほらね、抱けただろ?」

息切れしながら俺は言った。すごく、満足げに。

「・・・・・・」

雪哉の返事を待っているのに、雪哉は何も言わず、唇を噛んで俺を見上げている。でも、さっきまでの暗い顔ではなく、ちょっと嬉しそうな、微笑んでいるような顔をしている。俺は思わず雪哉を抱きしめた。

「可愛いな、お前。」

最高の気分だ。


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