薔薇の園でそれは起きた

加賀宮カヲ

薔薇の園でそれは起きた

 「ちくしょう!絶対、アイツのせいに決まってる!」


 「ちょっと……ハルちゃん、まだ決まったわけじゃないわよ」


 「アキエ姉に私の何が分かるっていうのよ!」

 

 ハルちゃんと呼ばれる人物が、飲みかけの水割りをカウンターに叩きつける。それでも気が収まらないハルちゃんは、突っ伏して泣き声を上げ始めた。


 ハルちゃんと恋人ナオ君。彼と連絡が取れなくなってもう3か月が経つ。当初は事件に巻き込まれのではと心労を重ねたハルちゃんだったが、次第に疑惑の矛先を変えていった。


 事件に巻き込まれたんじゃない。

 あん畜生、他に乗り換えたんだわ!

 

 しかし、略奪相手が未だ分からず仕舞いであった。恋人のナオ君はメッセンジャーをブロックしたままトンズラだ。アキエ姉はため息をつくと、水割りを作り直した。


 「いや、私が見たっていうのもね。ナオ君に似た人物だけって可能性あるでしょうよ。後ろ姿しか見てないし……」


 「そんなことないわ、アキエ姉。この写真はナオ君よ!よりにもよって、セーラー服の女子高生が相手だなんて!未成年とそんな事するなんて犯罪者じゃない。けがらわしい……それに」


 ハルちゃんはアキエ姉からグラスをひったくると、水割りを一気飲みした。


 「私、この女子高生からストーカーされてるのよ」


 「え、どういう事?」


 その手合いのネタに目がないアキエ姉は、カウンターから身を乗り出した。


 「夜道を付けられてるの」

 

 「ええ……そんなのどうして分かるのよ」


 「モデル並みに背が高いのよ女子高生。ホラ、この写真だってそうじゃない。こんなにデカい女そうそういないわよ」


 アキエ姉は老眼鏡を掛けるとスマホを覗き込んだ。確かに、横にいるナオ君と身長差がない。突然現れた女子高生、連絡の取れないナオ君。ハルちゃんをストーカーする女子高生はどこで個人情報を手に入れたのだろうか。


 「これは事件ね」

 

 「でしょ!未解決事件よ」


 「迷宮入りじゃない?」


 「アキエ姉、真剣にやって。山村紅葉なら出てこないわ。船越英一郎も出てこない」


 山村紅葉になりたかったアキエ姉は舌打ちすると、自分用の水割りを作り始めた。しかし、考えれば考えるほど奇妙な事件であった。ナオ君とハルちゃんは半同棲をしていた。彼の荷物は未だ全てハルちゃん宅に残されたままである。


 この街は狭い。すぐにでも見つかりそうなものなのに……そしてナオ君がそう簡単にこの街を去るとも考えにくかった。


 「私、決めた。ってやるわ。あの女子高生をってやる!」


 「ちょっとハルちゃん、物騒な事言いださないでよ」


 「もういいの。私、ナオ君のいない人生なんて耐えられない。彼のいない世界でなんか生きていたくない!バカなオンナだと思うでしょ?でもね、最後の恋なの。笑ってやって。愚かな私を」


 「やだ……ハルちゃん、中島みゆきみたい。素敵」


 「だから真剣にやって、アキエ姉」


 その時だった、バーの扉が開かれたのは。入店してきたのは例の女子高生であった。


 店内に緊張が走る。


 強張った表情のハルちゃんが立ち上がった。アキエ姉もストーカー話は本当だったと認めざるを得なかった。まさか、店まで特定してくるだなんて。


 「アンタ、ナオ君をどこへやったの?彼はどこにいるのよ!」


 「ここよ」


 女子高生が胃のあたりを指さす。まさか……殺して……そんな!


 「ねえ、いつになったら気づいてくれるの?アタシよ、ナオ!ハルちゃんの恋人、ナオよ!」


 「は?」

 


 ハルちゃん、アキエ姉、ナオ君の三名。彼らは全員、ガチムチ体系で髭面の熊ちゃんであった。


 俗に言う『テディーベア系』である。


 ここは新宿2丁目。バー『薔薇園』。街を少し歩けば似たような熊ちゃんだらけ。


 そう、ハルちゃんにストーカーをしていたのは、男の娘となる道を選んだナオ君であった。すっかりセーラー服の似合う体系となったナオ君にハルちゃんが悔し涙を流す。


 「ナオ君、貴方にガチムチのプライドはないの?一緒にプロテインを飲んだ思い出を捨てるって言うの!筋トレ、止めるっていうの!」

 

 「でも……私、男の娘になりたいんだもの。これでも頑張ったのよ、筋肉落とすの大変だったんだから」

 

 「もう、馬鹿ね。ホント努力家なんだから。これからは2度と私に内緒で消えたりしないで」

 

 「うん、ありがとう。ハルちゃん、これからも一緒にいてくれる?」


 「もちろんよ、どんな姿でもナオ君はナオ君だもの」

 

 「じゃあね、お願いがあるの」

 

 「何?」


 「メスガキもやってみたいんだけど」


 「ナオ君、流石に来年50歳でそれはイタイわ」


 「ほら!そうやってハルちゃんってばすぐ否定するじゃない!だから嫌なのよ……」


 「ごめんなさい!嘘、冗談よ!似合うと思う、メスガキ」


 「じゃあ、今日からハルちゃんの事『ざぁこ♡ざぁーこ♡』って呼ぶね」


 「うん……」


 熱い抱擁を交わす、ガチムチハルちゃんと男の娘にメスガキ属性が付与されたナオ君。


 そんな二人を見つめていたアキエ姉は煙草に火を付けると「くっだらな」と笑顔で独り言ちた。


 


 

 

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