Beast in the City
貴葵 音々子
Act.1 Howling ―遠吠え―(1)
高層ビル群が
大地を枯渇させた異種族間の百年戦争――それによって巻き上げられた空中
眠り知らずのダイバーシティには、ネオン看板の花が咲く。
楽し気に行き交う人々と色とりどりに光る花の間をすり抜け、青白い顔をした一人の男がふらりと路地裏に身を潜めた。
黒のシンプルなスーツを着て、片手にはビジネスバッグを持っている。
仕事帰りのサラリーマンだ。
正確にはサラリーヴァンピールだが。
男は神経質そうな顔に脂汗を滲ませながら、鬱陶し気にネクタイを緩める。
――酷く喉が渇いた。
吸血牙を隠すことも忘れ、飢餓症状に襲われた男は路地の暗がりを当てもなく
薬局で売っている血液タブレットは味気ないし、ブラッドワインで酔うこともできない。
なぜなら、男は本物の血の味を知ってしまったから――。
すると、反対側から誰かが歩いて来るのが見えた。
足取りはおぼつかず、右に左へふらりと揺れる。
起き上がり小法師のようにけして倒れないのは、酒に酔っている何よりの証拠だ。
裏返しに羽織るカーキのミリタリーシャツに白いパーカー、ゆったりとしたカーゴパンツを合わせたスタイルから、年若い青年と予想する。
丸く優しい形をした目は据わり、意味のない言葉を
ほんのり漂うアルコールの香りと、健康的な肌の瑞々しい匂い。少女のような危うさすら感じる。
血を欲した口内の唾液で溺れそうなヴァンピールは、もう辛抱ならなかった。
ビジネスバックを道端に放り投げ、影に溶ける。
そしてへべれけな青年の背後に音もなく姿を現すと、パーカーがたるむうなじ目掛けて大きく口を開いた――のだが。
「はい、現行犯」
くるりと後ろを振り返った青年が、ヴァンピールの頬を両手で包んだ。
戦火の末に世界の果てへ追いやられた森林のように澄んだ瞳が、男を真っ直ぐに見つめる。
この街に住む者なら皆、木々の薫りや葉の擦れる音に郷愁を抱くものだ。
男はその美しい瞳に魅入って、思わず時を忘れる。
――ゴキッ。
気づくと、彼の視界は上下逆さになっていた。
呆けるヴァンピールの顔を、青年が容赦なく時計回しに捻ったのだ。
「なっ……え゛?」
「最近街を騒がせてるヴァンピールは君だね? 生身の吸血は条例違反だよ」
平衡感覚を失い地面へ倒れ込む男に背を向けた青年は、裏返しになったシャツを直しながら無線でどこかへ連絡を取る。どうやら
胸ポケットには三重円に十字マークのワッペンが。それはダイバーシティの保安局と提携した民間警察会社のシンボルだった。
「ミラージュ、位置情報拾えてる?」
『マホロくん、お疲れ様! ばっちり拾えてるわよ。あと3分くらいで保安局が到着するわ』
通信相手の女性は陽気な声で返事をした。
地面にひれ伏す男は、一週間前から条例で禁じられた一般人への吸血行為を繰り返し、4人の死者を出している。
保安局から提示された懸賞金は100万ルピ。青年の上半期ボーナスがさぞ潤うことだろう。
――だが、ここで大人しく捕まってやる義理もない。
男は
すると、頭上を照らすネオンの薄らぼんやりとした光を何かが遮る。
「そいつはやめとけ、腹壊すぞ」
脳が痺れるほど良い声だった。
次の瞬間、男は上を向いた顎に10階建てのビルの屋上から降ってきた
アスファルトに後頭部を思い切り打ち付けた。痛みでひん
そこで、男の意識は途絶えた。
「酷いよガルガ。喫煙歴なし、アルコールはほどほど、適度な運動もしてる健康的な若いヒューマン! こんなご馳走めったにないじゃん!」
「自分で言うか普通? というか、拘束もしないで放置すんなよ、危ねぇな」
「あは、忘れてた~」
ガルガと呼ばれたぶっきらぼうな口調の青年は、カーキ色の厚手のブルゾンから手錠を取り出す。
泡を吹いて気絶した男の両手首を後ろで拘束して、大通りの照明が届く場所へどけた。これで影の世界へ逃げられることもないだろう。
それよりも、だ。
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