簡勁譚

湯の介

布団と灰

 いびきが聞こえてくる煎餅布団に背を向け、三歩離れた場所に置かれたローテーブルの上で胡座あぐらをかいた。冷め切った臀部がさらにひんやりとして、たった四時間前の火照りが嘘のようだった。前のめりになって天板をじっと眺めても、胸に、腿に散った赤黒い痕は、艶のある黒に溶け込んでしまって映らない。ただ実感が欲しくて、這わせた親指に力を込めた。強い鈍痛と、疼く胸の最奥。求め続けている優しさの代わりに、規則的な冷風が乾いた素肌を撫でる。少し寒かったが、シャワーを浴びる前に「いつもの」を済ませてしまいたかった。


 形が崩れかけた長方形の白い紙包みをおもむろに左手で掴み、上部を右手の人差し指と中指で、荒く不規則に叩く。一番勢いよく飛び出してきた一本を、前歯で噛んで顔を上げる。ぐしゃり。指に力を込めて息を吐く。床に落ちた紙包みの皺が忌々しげにこちらを睨んでいるように思えて、声を押し殺し、小さく呻く。不揃いな前歯が、唾液を吸ってふやけそうな紙を唇に食い込ませても構わない。使い慣れないジッポに指を添えると、冷えきった頬が赤いゆらめきに温もりを求める。


 幾度となく決心を打ち砕いた、甘ったるい匂い。小さく身震いをした。大好きで大嫌いなそれが葛藤を伴い、意地悪に肺をくすぐる。微かな苛立ちに振り落とされた灰が、胸に、腿に、散っていく。これで最後にしよう、なんて「もう一度だけ」を重ね続ける理由でしかないのだ。


 最後に顔を見ながら瞼を閉じたのは、もう何回前だっただろう。数えてはいけない気がして、頭を大きく左右に揺さぶり、酷く絡まった長い前髪を乱暴に掻き上げる。いっそのこと、ばっさり切ってしまった方が気楽なのかもしれない。引っ張られた頭皮に感じる軽い痛みは、まるで明け方に支配された感覚を希釈したようだ。小さく舌打ちをして、中身が半分残ったビール缶に彼の匂いを放り込む。ジュッ。短い悲鳴が纏わりつくもやを掻き消す。さぼりを強要されるのだから、起きてくる前に身支度を済ませてしまわなければ大事な講義に間に合わない。今日こそは遅れるわけにはいかなかった。後ろ髪を引く両手を振り払うように勢いよく立ち上がった瞬間、左手が銀色の缶を突き飛ばす。


 カラン、嗚呼、またやった。足下で銀紙を外したばかりの箱が濡れる。どうして何もかも上手くいかないのだろう。いつだって、人目につかない場所にばかり傷跡が増えていく。


 すっかり馴染んだバニラの後味を消してしまいたくて、濡れたメンソールを奥歯で噛んだ。

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