第3話 ゴーフル【gaufre】

 砂を吐きそうな日々です。砂っていうかむしろ砂糖。

 口から砂糖を吐き、全身の穴という穴から蜂蜜を垂れ流しそうです。

 いえ、もう少し出ているような気がします。甘い。ひたすらに甘い。


「愛してるよ、おれのメアリー」


 私を抱き寄せる背中に回されたふしだらな手が、じりじりと臀部へと近付いていくのを感じます。

 ここ、城の入り口ですよ。ものすごく人目がありますよ。正気ですか?


 私、メアリーが城に到着し、馬車を降りるなり駆け寄ってきて、人目を憚らず勝手に発情しイチャこきだしたクイン皇子殿下は、今日も相変わらず奇跡のように美しいかんばせをしています。


「ごきげんよう。クイン皇子殿下」


 不埒に蠢く手を適当に払い除け、適当な距離を取った私は、一応公爵令嬢らしくドレスを摘み膝を折りました。

 

 どうも、この度、皇太子殿下の婚約者から、第五皇子殿下の婚約者と相成りました、尻軽淫乱公爵令嬢のメアリーです。

 

「ふふ、みんな君の可憐さに夢中だね」


 目、腐ってるんですか?

 それとも頭に蛆虫でも湧いてるんですか?

 この全方向から突き刺さって来る視線は、私の可憐さや美しさを褒め称えるものではありませんよ。

「メス豚死にさらせ」って言ってるんです。



 ◆◇◆



 クイン皇子殿下は、この国の第五皇子です。文字通り、五番目の皇子。


 ちなみに先頃私をお振りあそばした皇太子殿下は、第四皇子です。

 産まれた順番で言えば四番目ではありますが、数多おられる皇子様方の中で、唯一妾腹めかけばらではありません。

 皇妃様がお母上である唯一無二の皇子なのです。故に、次期の皇位を約束された、皇太子殿下。


 第五皇子であるクイン皇子殿下に陽の目が当たる未来など、まあ普通に考えればありはしないでしょう。

 宰相おとうさまも、皇太子殿下以外は眼中にもないようですし。


 それでも一応求婚された旨報告しに行き、婚約の許可もいただきました。

 ものっそい微妙な沈黙の後の、これ以上無理ってぐらい雑な許可でしたけど。


「……………あー、…………うん……まあ、いいんじゃない」


 みたいな。


 第五皇子なんてどうにもならないけど、まあ一応皇族っちゃ皇族だし、なんかあれば娘ごと切り捨てればいっか。一応キープしとこ。

 っていう、人でなしな思考が駄々洩れでしたけど。


 まあね、分かりますよ。

 第五皇子じゃね。


「ねえメアリー」


「はい、なんでしょう殿下」


「ふふ、呼んでみただけ」


 あっまーい。


 こちらを眺めるクイン皇子殿下の視線は、中途半端に熱した牛脂のようにねっちょりと蕩けています。

 あまりの蕩け具合に胸やけを起こしそうです。ほら、周りの方々もなんか引いてませんか。


 どこにいても衆目に晒される王宮です。もちろん、この王立図書館でも例外ではありません。

 ほら、司書の方もすごく…………すごく……なんで、そんなにワクワクした感じでこちらを見ているんでしょう。と言いますか、何か書いてますね。いえ、描いて? 何かスケッチしてませんか……。


「ねえメアリー」


「はい、なんでしょう殿下」


 ああ、クイン皇子殿下ですね。その白銀の髪と赤い瞳は、お世辞抜きに大変美しいですものね。

 私も美人ですけど、クイン皇子殿下はまあ、別格ですよね。

 さらりと揺れる銀糸の髪と、ピジョンブラッドも霞む程に美しい紅玉の瞳。

 思わずスケッチしたくもなるのでしょうね。


「大好きだよ」


 こんなだらしのない溶け切った顔でも、殿下はとても美しいですもの。


「ありがとうございます」


 白銀の髪は、大地を覆う薄氷のように。

 紅玉の瞳は、熟れ過ぎて崩れた果実のように。


「……大好きだよ?」


 しつこいですね。聴こえてますよ。


「……ありがとうございます?」


「メアリーは?」


「はい?」


「メアリーは、おれのこと、ちゃんと好き?」


 ああ、なるほど。

 お互いに言い合う必要があったのですね。

 何その茶番、と思わなくもないですが、お付き合いいたしますよ。婚約者ですからね。


「ええ」


 大好きですよ。


 部屋に飾っておきたい程度には。

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