赤い夢 コピー12

あかぐま

赤の布束

「ん……あ……」


さっそく目を醒ました。

軋む身体を起こす。

硬くて冷たい何かを全身に押し付けられていた。

薄目をぼんやりと開けた。

そこには真っ赤があった。


驚いて目を凝らす。

教室だった。

そこは普段、自分たちが使っている教室であった。

最後の記憶では、幼馴染たちと夜の学校に肝試しにきていたはずだ。


「どこだ。ここ……」


見覚えはあるのに、机も椅子も、なにもない。

壁や床、天井も、窓の外さえ、眩しいくらいに白かった。

真ん中には、真っ赤な布が一束、天井から垂れ下がっている。

文化祭の装飾を思い起こさせるような唐突な赤い布に、呆気にとられた。


赤い布束を凝視する。

何があったのだろうか。

他の二人は。

すると赤い布がもぞりと動く。

動きにびくりと身体は警戒した。

一体何が。


布束の隙間から細く白い腕が出ている。

赤い布から出ている白い手をまじまじと見つめた。

まるで布と腕とがそれだけでひとつの生き物のように見える。

腕、ということは人間がそこにいるのだ。

もしかしたら、一緒に学校に忍び込んだレンの手かもしれない。

助けなければ。

ゆっくり立ち上がり腕に近づいた。

だらりとした腕に絡んでいる赤い布の裾をめくる。


「あ」


そこには見たこともない女がいた。

同い年ぐらいだろうか。

少女の白い肌と黒い長い髪を天井からの赤い布が包み込むように、強烈なコントラストを醸しだしていた。

眠っているのかもしれない。

突然の奇妙な出会いに、少女の顔をまじまじと見た。


「うわ。すっげえー可愛いじゃん」


突然、背中越しに声がした。

振り向くといつの間にかソラがいて、首を伸ばし少女を覗き込んでいた。


「ウチの学校の制服だね」


横でもう一人の幼馴染、レンが同じ様に覗き込みつぶやいた。


「お、お前ら、どっから出てきた?」


「え? どこからって、ずっとここにいたぜ。気がついたらここで寝っ転がってた。それよりなに、コウ。そのむっちゃ可愛い女の子は。じっと見つめちゃって。もしかして、エッチな妄想しちゃってるの? ん?」


「ば、馬鹿、そんなじゃねえよ」


ソラにこれ以上変な方向にもっていかれないようにと、コウは話を切り出した。


「ここどこだよ。教室だよな? さっきまで階段の踊場にいたよな。なんで俺たち、教室にいるんだ」


「さあ。わかんないよ。ウチだって気がついたらここにたんだよ」


「そうそう。俺もそんな感じ。とりあえずさあ、帰ろうぜ? もう遅いし。俺の親とレンのとこ、心配してるだろうし。コウん家はずっと親父さんと喧嘩してっから、別にいいかもだけどさ」


「別に喧嘩なんかしてねえよ」


「まあ、どうでもいいけど。早く帰ったほうがいいんじゃねーの? さっきすっげえ叫んだから誰か来るかもしれないし。見つかったらヤバイだろ」


「でもこの女の子、どうするんだよ?」


 そう言ってコウは、倒れている少女のほうに向き直った。


「あ」


目の前の少女が微かに動いた。

ゆっくりと瞼が開かれ、少女が気怠そうに半身を起こしていく。


「お、おいあんた」


コウは思わず声をかけていた。

声をかけられた少女は黒目がちな瞳をゆっくりコウに向けた。


「あんた、だいじょ……」


容態の確認をしようとした途端、少女はその長い睫毛で囲われた形のいい目を見開いて、コウの手を掴んだ。


「なっ」


「だめ」


少女が口を開いた。


「え?」


「駄目。駄目よここにいては。ここにいたら、悪魔に食べられちゃう」


少女はそう言ってコウの目を見つめた。

光彩が輝いていた。

少女の気迫に息を飲む。

途端、赤い布が風もないのにバサバサと動き出した。


「いけないっ」


少女はコウの手を握りしめたまま立ち上がると、引きずるように教室の扉のほうに向かった。


「え? なに? どういうこと? ちょ、説明なし?」


後ろからすっとんきょうなソラの声が聞こえてきた。

少女は、教室の扉を開け放つ。


「さあ、早くっ」


そこにいつも通りの廊下はなかった。

広い通路。

ただただ、塗りつぶされたような真っ赤な布が、幾重も垂れ下がっていた。


「きゃあああああっっ」


その光景、呆気にとられるより先に、レンの悲鳴があがった。


「どうし――ッ?!!」


真っ赤なバケモノがいた。

何から何まで真っ赤な、大きな、おおきなバケモノ。

皮を剥いだような、滑らかな人の形。

鼻や耳はない。

爛々と輝く二つのを目ギョロつかせ、鋭い歯の生えた口をかっ開いて、コウたちのほうに向かって手を伸ばしてきた。


「ヒィッ」


バケモノが近づいてきているのに、固まったまま動けないでいるソラは、恐怖に歪んだ目をコウに向けた。

必死に助けを求め訴えている目だ。

バケモノの太い腕がソラの顔に伸びる。


食われる。


瞬間、少女がバケモノに向かって身体でぶつかった。

その華奢さから考えて、到底倒すことなど無理であろうに。

だが、バケモノは不意を突かれたのか真横によろめいた。

バケモノの呻きと唾液が飛び散った。


「逃げて!!」


少女がソラの腕を引っ張って駆け出す。

導かれるままにコウとレンも走り出した。

いったい何がどうなっているのか。

少女の長い髪が揺れる、踊る。

揺れるたびに甘い匂いがした。

コウには踊る髪しか見えていない。

状況がわからない。

きっと他の足音の二人もわからない。

ただひたすら少女に従って赤い世界を駆け抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る