そのギロチンは何回目?

もちづき 裕

第1話

「いやよ!殺さないで!殺さないで!殺さないで!私は何もやっていない!やっていないのよ!助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!」

「刑を執行せよ」

「キャーーーーーーーーーーッ」


 後ろのロープがブッツリと切断された音が響き渡る。

 吊るされていた鋭利な刃はあっという間に落下して、私の首を問答無用に切断した。

 真っ赤な血を撒き散らしながら宙を飛んだ私の頭は、見事な孤を描いて用意された大きな籠の中へと落下する。

 汚れた籐の籠と灰色の雲に覆われた空を眺めながら、私は心の中で叫んだ。


「このギロチンは何回目?何回目のギロチンな訳?これはまだ続けられるの?もういや、本当にいや、ギロチンだけはいや、こんな事までされて死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」


 この思考は長くは続かない、だって頭と胴体が完全に分離されているから。

 あっという間に私の世界には闇が広がり、身を焦すような屈辱と怒り、恐怖と憎悪、悲しみと諦めを包み込みながら、世界の最果てへと引き摺り込んでいく。


「ああ、いやよ、いや、いや、いや、いや、絶対に行きたくない、行きたくない」


 世界の果てから吐き出されたその先は、覆われた闇を取り払われたその先は、緑の芝生、鮮やかな薔薇の花、太陽が燦々と輝く青空、平和そのものの中で燦然と輝く白亜の城。

「初めまして、イスヤラ・エーデルフェルト公爵令嬢。僕はアルヴァ・ヴァルカウス、この国の第一王子で君の婚約者だよ」


 太陽の光を浴びて黄金に輝く髪、紫水晶のような瞳は涼しげで、形の整った鼻梁、可愛らしい唇、まだ頬がふくふくとして柔らかい彼は、婚約の挨拶という事は・・十二歳になったばかりのはずだった。


「いやよ・・いや・・いや!いや!いや!いや!いや!いや!もういやなの!」


 握手しようと差し出された手から逃げるようにして後ずさると、そのまま後ろにひっくりかえるようにして転がってしまった。

 何重にも重ねられたドレスのスカート生地がクッションとなってくれたものの、後ろにひっくり返ったまま一回転してしまったため、綺麗にセットされた髪の毛まで草まみれでボロボロになってしまう。


 大きく目を見開いた殿下は驚いた様子で目を丸くすると、明らかに笑いを堪えながら私の方へと手を差し伸べる。

 周りにいた侍女達が助け起こそうと駆け寄ったけれど、殿下の動きの方が早かった。

 両手を掴んで草まみれとなった私を助け起こした殿下は、握っていた私の手を改めて見つめると、驚き怯えるようにして振り払い、そうして、真っ青な顔で震えながら何度も、何度も、自分の首を自分の手で撫で回す。


「はっ・・うわっ・・え・・!なっ!・・・これって何度目だよ!」

「殿下?どうされたのですか?」

「お体の具合でも悪いのでしょうか?」

「いい!大丈夫だから!だからお前たちは下がってくれ!」


 集まってきた侍女を振り払いながら、嫌に大人びた口調で殿下は命じると、真っ青な顔で私の方を振り返った殿下と目と目が合った。

 さっきの笑いを堪えていた殿下と今の殿下は、あまりにも違う。純粋そのものの紫水晶のような瞳には、年相応とはとても思えない、深い悔恨と恐怖が浮かび上がっている。


「で・・殿下、私は・・私は・・ギロチン4度目でした!」


 私の発言に、後ろで控えていた侍女たちがギョッとした様子で振り返る。

「多分4度、ええ、4度です、4回目の首をバーンッとやられて今ここです、つまりは5回目の生を生きている感じです」


 私はループを繰り返している。いつもギロチンで首を切断されて、大体十二歳とか、十三歳とか、殿下との婚約が決まった前後に記憶をとり戻す事になる。

 私はいつも、殿下の命令で頭と胴体がおさらばする事になるのだけれど、

「まさか!まさか!まさか!まさか!殿下もギロチンですか!殿下もギロチンで首がバチンと切られたわけですか?」

もしかして、今のこの様子だとこの人もループ中?しかも同じギロチンで?


 その時の私には、恐怖よりも先に歓喜が訪れた。

「殿下・・・ザマアないですわね」

 私を殺しておきながら、自分も首チョンパされたっていうわけ?

 ザマアだわ!ザマア!これがいわゆる『ざまあみやがれっ』て奴なのよ!

「ザマア!殿下!ザマア!」


「なんていう事を殿下に!」

「公爵令嬢がご乱心だわ!」

 城に仕える侍女たちが慌てふためき出すのを横目に見ながら、私は草まみれの状態で堂々と真っ青な殿下を睨みつけてやった。

「女の為になりふり構わず好き勝手な事をするからそういう事になったのでございましょう!さもあらん!そうであろう!としか言いようがございませんわ!」


「頭がおかしくなったのか?」

「取り押さえた方がいいんじゃないのか?」

 侍女たちだけではなく、ちょっと遠くから見守っていた衛兵たちまでも、驚き慌てた様子でこちらの方へと近づいてくる。


「殿下がギロチンだなんて、この王国が他国に滅ぼされたのか、クーデターによる内乱が原因で滅びたのか、もしくは殿下有責での処分なのか?そのどれかだなんて事は私にはわかりませんけれど!殿下!ざまあみやがれですわ!」

扇で口元を隠しながらオホホホと笑うと、集まってきた衛兵、侍女たちへにっこりと笑みを浮かべて、

「このような無礼を申し訳ございませんでした。ですが、今の事でもお分かりのように、私に殿下の婚約者は務まる等とは到底思えませんわ!」

お見事と言えるほどの大人顔負けのカーテシーを披露した。

「帰って公爵である父にこの旨を説明し、殿下との婚約の辞退を話し合おうと存じます。では失礼」


 殿下は真っ青な顔で立ち尽くしていたけれど、そんな事を気にしている場合ではございませんもの。

 もう、私はギロチンだけはこりごり!本当の本当に嫌なのですから、信じようが信じまいが、今までの事を全て父に話して、王都からの脱出を試みる事といたしましょう。



 草まみれで戻ってきた私を控えの間で出迎える事になったイリナは私付きの侍女で、驚き慌てた様子で馬車の手配をすると、王都にある公爵邸へと私を守るようにして移動した。

 淑女教育を完璧にこなす私が頭からドレスの裾まで草まみれのボロボロの状態で現れたのだから、イリナは殿下が乱暴狼藉を働いたのではないかと考えているみたい。


 殿下が本気で私に対して乱暴狼藉をするのはもう少し後の事だけど、この際、そんな事は関係ない。あいつは『悪』で、私はその『悪』から逃げ出すために、ひと芝居でもふた芝居でも華麗に打っていかなければならないのだもの。


 さて、草まみれの酷い有り様を、出かける支度をしていたお母様に披露した後は、侍女たちに促されてドレスを脱いで湯浴みをして、髪の毛を整えて着替えを済ませて、自分の部屋で紅茶を飲みながら、これからお父様にどうやって説明をするか考えていく。


 私の父はヴァルカウス王国の公爵であり、母は隣国となるスカルスガルド帝国の皇帝の末の妹という事になる。外交を担う父が帝国を訪れた際に母が見初めて、二人は結婚、父と母は私と弟、二人の子供に恵まれた。


 私が住んでいるヴァルカウス王国には正妃との間にアルヴァ殿下と二人の王女が居るのだけれど、これから2年後に迎える側妃との間にエリエル第二王子が誕生する事になる。

 もしもの場合のスペアとしてお生まれになったエリエル殿下だけど、二人の王子の元に2大派閥が後に出来上がり、跡目争いがどうのという事になるんだけれど、それもかなり先の話だからどうでもいいわ。


 とりあえず今が重要ポイントなのだから、婚約者同士の第一回、顔合わせを済ませたところで『問題あり』ということで婚約は解消、または白紙に持ち込んで、私は隣国にトンズラする事にいたしましょう。


 そんな訳で私が今か、今かと父の帰りを待ち構えていると、私の待ち人であるお父様はいらんものを連れて帰ってくる事になった訳です。

 そのいらんものとは、

「イスヤラ嬢、あなたが怪我をしたのではないかと心配で、心配で、居ても立っても居られず、公爵に無理を言ってお見舞いに来てしまいました」

真っ赤な薔薇の花束を自らたずさえた殿下。彼はその幼いながらも美しいお顔に笑みを浮かべて、

「ああ、愛しい人、あなたと少しだけ離れただけだというのに、私の心は凍りつきそうなほどの寂しさと喪失感を感じたのです」

と言って、私の肩に手をおくと、

「頼むから話だけでもさせてくれないと、毎日、毎日、朝から晩まで押しかけることにするからね。あ、それとも、僕がこの家に住み込んだ方が良いという事なのかな?」

と耳元に囁きながらハグをしてきたのだった。

 意味がわからない。


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