第9話
「これ、やっぱりエミリーだよね?」
同い年で仲の良かったリリイが俺を見て言う。
「うん、間違いない……」
「そんなバカな話あるかよ?! だって、エミリーは悪魔にさらわれたんだぜ? 見たところ一人みたいだし、子供が一人で人さらいの悪魔から逃げるだなんて! そんなのサンタの俺たちだって無理だぜ?」
「待て、ジャック。彼女何かする気だぞ?」
アルベルがそう言った直後、湖の中のエミリーは罠の石を、岩に投げつけて砕いた。
「あ!」
「まずい!」
中から悪魔が出てくる。今度は罠にかかる前とは違い、罠の作用で染色され、白く輝いている。
俺たちは呼吸を忘れて、見守った。
悪魔は不思議そうにエミリーを見る。対してエミリーは堂々とその場に立ち、慌てた様子はなかった。どうやら、あえて罠を破壊したらしい。
弱った悪魔とは言え、彼女くらいの子供を殺すくらいなら容易いだろう。
しかし、悪魔はそうすることなく、その場を去った。少ししてエミリーもどこかへ歩き出す。
指定した場所以外の反射を見るためには、さらに数頭の動物の肉が必要になる。用意した鹿肉では当然足りるわけもなく、俺たちはエミリーの後を追うことはできなかった。
「よかった……エミリー無事だったみたいで……」
リリイがほっと胸をなでおろす。
俺は口に手を当てたまま、思考する。確かに生きてたのはよかった。しかしこれは無事だったと言えるのか? この広い森で幼い少女が一人、今もさまよっているかもしれない。
とはいえ、彼女は目的を持って歩いていったように見えた。それに身なりも綺麗だった。とても悪魔から逃げてきたとは思えない。もうクリスマスからは一か月以上経ってる。それまでどうやって生き延びたんだ。
金だって持っていなかったはずだ。服や食料はどうやって……?
肩を叩かれ、ハッとする。アルベルだ。
「ロディ、急いで街に戻ろう。一刻も早くこのことを報告しないと」
「でも、エミリーはたぶんまだ森の中に!」
「落ち着け、たった四人でこの広い森を探しきれるはずがない。ここへは時読み反射のためだけに来たんだ。装備だって十分じゃない」
俺はもどかしくて仕方なかった。でもアルベルの言うことは正しい。
「一度帰ろう。そして万全の装備でまた彼女を探しに来るんだ」
俺たちは荷物をまとめ、湖を後にした。
四人で周囲を見渡しながら森を歩き、街に向かった。しかし、靴の一つすら見つかることはなく、俺はひたすらにエミリーの無事だけを祈った。
「霧が濃くなってきたな」
ジャックがつぶやくように言う。
確かにだんだん遠くが見えなくなってきていた。これではすぐ近くをエミリーが通っていても、気づけないだろう。
「はぐれないように気をつけよう。ほら、ジャックとリリイもなるべく近くを歩いて」
俺が注意すると、リリイは嫌そうにジャックの方へ寄った。
「ふん」
ジャックが荒く鼻息をもらすと、リリイはコートのボタンを閉めながら言った。
「言っておくけど、私だって嫌なんだからね」
「んなことわかってらあ」
「じゃあそんなに嫌みったらしくしないでよ。不愉快なんだけど」
「うるせえなあ、黙って歩けよ。お前はこんなときも文句ばっか言って、エミリーと友達だったんなら少しは心配しろよ」
途端、リリイがジャックの胸ぐらをつかむ。
「私が……私がエミリーのことを心配してないとでも思ってるの?」
リリイの目から涙が零れ落ちた。
「おいお前ら、いくら何でもこんなときに……」
「リリイも落ち着いて……」
アルベルと俺がさすがにまずいと、間に入る。
ジャックは舌打ちをすると、リリイの手を払い彼女を睨んだ。
「なら少しは速く歩けよ。俺たちの中で一番足がトロいのはお前だ。みんなお前に合わせてんだよ」
リリイはジャックを突き飛ばし地面に転ばせる。
「てめえ!」
リリイは無視して駆け出した。霧はますます濃くなってきていた。
俺はリリイを追った。
少し先を行っただけのはずなのに、リリイがいない。
「リリイー!」
呼んでも返事はない。まずい、急がないと。
「二人とも、リリイがいない! 急いで追いかけなきゃ!」
俺が後ろを振り返ると、アルベルとジャックも霧の中で姿を消していた。
俺は必死に三人の名前を順に呼ぶ。誰も俺の名を呼び返しはしなかった。
街まではそう遠くはないはずだ。道の数もそう多くはない。歩いていれば、途中で落ち合えるはず。
俺はそう思って、再び歩き出す。
しかし、思わず立ち止まった。何度頭を悩ませても結果は同じだった。
行きは迷いなく歩いてきた、何度も通ったことのある道がどうしても思い出せない。
そのとき、俺の背中を何かが叩く。
牙をむき出しにした小人だった。
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