毎日病室にくるあの人

砂藪

もう来ないで


 開いた病室の扉から彼が入ってきた。今日もいつもみたいに両手に溢れるほどの花束を抱えて。花は私の好きな暖色の花が多い。


「もう……今日も来たの?」

「おまたせ」


 彼は私の姿を見ると笑顔でベッドまでやってきた。


「実は今日、ちょっと遅れたのは駅前で連日人が並んでいるという噂のシュークリームの限定販売のものを買っていたからであって、決して君に会いに来るのを忘れていたわけではないよ」


 彼が私に会いに来るのをやめるはずがないことはよく知ってる。きっと誰になにを言われても彼は私に会いに来てくれるんだろう。


「病院の看護師さんも限定シュークリームだって言ったら、羨ましそうに見てたよ」

「へぇ、そうなの? でも、ごめんなさい。私はそのシュークリーム、食べられないのよ」


 私だって、彼には何度も来るのをやめるように言った。

 だって、弱っていく私のことを彼に見られたくなかったから。

 それでも彼は私の気持ちを気にすることはなく、病室にやってきた。

 彼は花瓶から昨日持ってきた花をとって、今日持ってきた花をいれる。シュークリームの入った箱をベッド横の台に置く。


「……ねぇ、私以外にいい人はできないの? あなた、顔もいいし、優しいんだから、私なんかよりもいい人だっているでしょう?」


 彼はふと私を見ると、にこりと微笑んで私の手に自分の手を重ねた。


「君よりもいい人はこの世にはいないよ。僕は君のことを愛してる。君も同じだったら、どんなにうれしいことか……」


 困ったように彼の眉尻が下がった。


「僕の告白の返事は今もしてくれないのかい?」

「……できないわ」


 しばらく、彼は私の顔をじっと見ていたかと思うと、悲しそうに目を伏せた。


「君はいつになったら、返事をしてくれるんだ」

「……ねぇ、本当にもう来ない方がいいわよ。いつまでも私に執着しないで」

「また明日も来るから」


「私の死体に話しかけても、私はもう返事なんかできないわよ、あなた」


 誰も来なくなった彼の病院。


 今日も、そして、きっと明日も彼はやってくる。新しい花束を持って、死体となった私に差し入れを持ってきて。


 それをずっと、きっと彼が現実に打ちひしがれるまで、私はこうして彼の姿を見続けることになるんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毎日病室にくるあの人 砂藪 @sunayabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ