天才発明家・ガジュマル【フリマバケツ】

安住 爽

フリマバケツ

 これは、地球にそっくりな惑星の、日本にそっくりな、とある国のお話。


「ああー、めんどくさいなぁ」


 ポストに荷物を投函すると、ユウマはぶつぶつと独り言を言った。


 最近、世間ではフリマアプリという物が流行り出した。


 スマホで簡単に不用品を売れる画期的なアプリで、現在大ヒット中。


 もちろんユウマも利用している。


 やり始めた頃は小遣い稼ぎが出来る事や商品を梱包して送る事が楽しくて熱中したが、飽き性のユウマはすぐに面倒になってしまった。


「もっと楽な方法は無いかな……」


 そう思いながら、家への帰り道を歩いている時だった。


「もし、そこのお兄さん」


「えっ?」


 気付くといつの間にかユウマの目の前に一人の男が立っていた。


 黒のタキシードに蝶ネクタイ、頭にはシルクハットを被っていて、まるでマジシャンの様な格好をしている。


「な、な、何ですか?」


 街中で突然そんな格好をした男に声をかけられ、ユウマはたじろいだ。


「ああ、失礼、大丈夫。私は全く怪しい者ではありません。ご安心を」


 十分怪し過ぎると言いたかったが、本当にヤバい人間なら何をされるか分からないので寸前で飲み込んだ。


「実は私、こういう者でして」


【天才発明家・牙樹丸】


 男から渡された名刺にはそう書かれていた。


「発明家……?」


「“天才”発明家です」


 どっちでもいいよ。


 それに自分で天才とか言ってるヤツは大体ヤバい。


 ユウマは早く逃げ出したかった。


「私、みなさんの役に立つ物を日々研究しては色々な発明品を作ってるんですけど、この度新しい発明品が完成したんです。つきましては、無料モニターになってくれる人を探していまして」


「無料モニター?それってタダで何か貰えるって事?」


「もちろんです。料金は要らないので、発明品を使った上で正直な感想を聞かせていただければ」


「無料かあ……」


 タダと聞いて、ユウマは少しだけ気持ちが揺らいできた。


「ところで発明品って、どんなのですか?」


「はい、こちらに用意しております」


 男は正に手品の様に、ユウマの目の前にそれを出した。


「……これって……ただのポリバケツじゃないの?」


 それは、よく飲食店の裏手で見かける様な水色の大きなポリバケツだった。よく見ると、下の方に何か穴が空いているのが見えるが、どう見ても普通のポリバケツだ。


「いえいえ、もちろんただのポリバケツではありません」


 男はチッチッと人差し指を動かすと、もったいぶる様に言った。


「これは、フリマバケツです」


「フリマバケツ……」


「最近、フリマアプリと言う物が流行ってますよね。ただ、便利な様で不便な物でもあります。だって写真を撮って出品して、梱包して送って、わざわざ頑張ってやっても変なクレーマーみたいな人に当たってしまえば嫌な思いをするだけです」


「うん!分かる!分かります!」


 ユウマはいつの間にか男のペースに乗せられていった。


「このフリマバケツは、面倒な手順も無く、人とやり取りする事も無く、全てを家の中で完結させてしまうという画期的な発明品なのです」


「でも、どうやって……?」


「では、試しにやってみますので、見ていて下さい」


 男はバケツの蓋を開けると、ポケットから白いハンカチを取り出して中に放り込んだ。


「よく見ていて下さいね」


 ユウマが中を覗き込んでいると、すぐにハンカチは光に包まれ、消えてしまった。


「えっ!?」


 次の瞬間、ポリバケツの胴体にある穴から、チャリンチャリンと小銭が落ちてきたのだ。


「このハンカチのフリマ価格は400円みたいですね。買値からは少し落ちますが、リサイクルショップに二束三文で買い取られるよりはずっとお得です」


 男は小銭を拾い上げると、口をアングリと開けているユウマに微笑みかけた。


「どうです?すごいでしょう、私の発明品」


「は、はい、すごいです。こ、これ、本当にタダで貰えるんですか?」


「モニターになっていただけるのなら、差し上げますよ。商品化を目指しているので、良い部分も悪い部分も感想を聞きたいのです」


「はい、必ず連絡します」


「ああ、そうだ。一つだけ注意点がありま……あれ?」


 男の目に入ったのは、フリマバケツを抱えて走り去るユウマの背中だった。


「……話を聞かない人ですねえ。まあ、いいでしょう」


 男はそう言うと、くるりと背を向け歩き出した。


**************************************


「ちょ、ユウマ、あんた何なのそれ」


「何ってポリバケツじゃん」


「お母さんだってポリバケツくらい知ってるわよ。何でそんな汚い物を家に持って入るのか聞いてるの」


「汚くないよ。うるさいなあ」


 まだ何か喚いている母親を尻目に、ユウマは部屋に駆け込んだ。


 床に散乱している物を蹴り飛ばし、壁際に何とかスペースを作るとフリマバケツをどんと置いた。


「さてと、何入れてみよかなあ」


 ユウマはキョロキョロと周りを見渡し、フリマアプリに出品しようと思っていた漫画を手に取った。


「とりあえずこいつで試してみよ」


 ポリバケツの蓋を取り、漫画を中に放り込んでみた。


 すると、さっき見たのと同じ様に漫画は光と共に消え、その後に小銭が出てきた。


「300円か。こいつは楽だ!」


 わざわざ写真を撮ったり、ポストまで行く面倒が無い上に手数料も取られない。


 何て便利なアイテムなんだろう!


 ユウマは部屋に散らばっている物を片っ端から放り込んでいった。


 チャリチャリチャリチャリ……。


 小銭はどんどん出てくるが、高額な値が付く物は無さそうだった。


「そうだ、はフリマアプリに出せないから困ってたんだよなあ。ちょうど良かった!」


 ユウマは押入れから大きなダンボール箱を引っ張り出してきた。


 中には既に見飽きてしまった大量のエロ本とエロDVDが詰まっている。


 「みんな今までありがとう!」


 ユウマはお礼を言うと、それらも全てポリバケツに放り込んだ。


 チャリチャリチャリ……ファサッ。


 意外に高値が付き、たまにお札が出てくる物もあったので合計で数万円にはなっただろう。


「後は何か無いかなあ……」


 押入れの奥をゴソゴソやっていると、古いゲームソフトが1本出てきた。


「うわー、懐かしい。子供の頃によくやったなあ」


 確かハードが古くなって壊れてしまい、プレイ出来なくなってしまったのを思い出した。


「もう使えないし、これも入れちゃえ」


 ゲームソフトをポリバケツに放り込むと、今までとは全く違う音が聞こえた。


 ドンッ。


「えっ……嘘ぉ……」


 出てきたのは、帯が巻かれた分厚い札束だった。


「まさか!」


 すぐにスマホで調べると、そのゲームソフトは超プレミアが付き価格が高騰しまくっていたのだ。


「ラッキー!何てラッキーなんだ!何買おうかな!そうだ、とりあえず……」


*************************************


「ぐふふ……どっちにしようかな。選びたい放題だ」


「私は、右の娘の方がタイプですかね」


「わあっ!!!」


 突然横から誰かに話しかけられ、ユウマは飛び上がった。


「あ、牙樹丸、さん……」


「どうも、先程は」


 牙樹丸は微笑みながらシルクハットを取り、お辞儀をしている。


 ユウマは慌てて持っていたDVDを後ろに隠した。


「アダルトコーナーで持ってる物隠してもあんまり意味無い気はしますが…」


「そっか、そうですよね。ははは」


 ユウマは苦笑いしながら顔を赤くした。


「こんな所で奇遇ですねえ。時に、フリマバケツの使い心地はいかがです?」


「はい、あれ超いいですよ!牙樹丸さんって本当に天才だったんですね!」


「ふふふ、分かっていただければいいんですよ」


「これからもありがたく使わせてもらいます!」


「どうぞどうぞ。ああ、それと、さっき言いそびれた事があって……って、あれ!?」


 ユウマの姿は既に無かった。


「……」


*************************************


「久しぶりの新しいDVD、楽しみだなー!」


 ユウマはスキップしながら部屋に戻り、早速プレーヤーにDVDをセットした。


「あ、イヤホンどこに置いたっけ?」


 もしかしたら、さっき一緒にポリバケツに入れてしまったんだろうか?


 ユウマがイヤホンを探し出した、その時だった。


「わっ!!」


 床に置いていた雑誌を踏んでしまい、滑ったかと思うと体が後ろに倒れた。


 どしん、と衝撃があり、何かに吸い込まれる様な感覚がした。


「え……」


 気付いた時には、フリマバケツにお尻からハマった状態だった。


「ん、んー!!」


 足を思いっきりジタバタさせて見たが、抜け出せそうにない。


 そうこうしている内に、何だかお尻が熱くなってきた。


「光ってる……まさか!!」


 もがいてももがいても出られない。


 もう手遅れだった。


「かーちゃん!!助け……」


 最期の声は誰にも届かなかった。


 ユウマの体は光に包まれ、後にはチャリチャリと言う音だけが部屋の中に鳴り響いていた。


**************************************


「ほら、言わんこっちゃない。ちゃんと人の話を最後まで聞かないからですよ。せっかく注意してあげようと思っていたのに。使って」


 男は冷たい目で、空になったフリマバケツを見下ろした。


「どれどれ、ほうほう。なるほどね。、知る事も出来ませんね。残念です」


 男は床に散らばったお金とフリマバケツを回収すると、静かにその場を後にした。


**************************************


 おわり

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