第三十九話 エルフ族の王子様 二

 そこにいたのはベットに横たわる耳の長い男性と、彼を心配そうに見つめる女性だった。

 中に入ってきたのを確認したのだろう。彼女の周りにいる兵士が一人耳打ちをする。

 するとその女性の顔が引きまり、席を立ってオレ達の方へ顔を上げた。

 同時にアーク公がひざまずこうとする。

 しかしそれを彼女が止めて口を開いた。


「アーク公。そこにおる者が」

「はっ! この者が我が息子を治した恩人おんじん——薬師のアルケミナでございます」


 と、立ったままハキハキという。

 そして目をこちらに向けて強烈きょうれつなまでの視線を感じた。

 何だこれ?

 単なる興味だけじゃない。かといって敵意でもなさそうな、感じたことのない目線だ。

 なにがなんだかわからないがそれを考える間もなくエルフの女性は口を開いた。


わらわはアグリカル王国女王『エルファルーナ・アグリカル』じゃ」


 や、やっぱり女王様か。

 軽く引きながらもちらりと公爵を見る。

 公爵も人が悪い。 

 女王様がいるなんて言ってなかったじゃないか。

 しかし、いるものは仕方ない。

 オレ達も自己紹介もして早速話を始めることにした。


「王子様を診る、でよかった……のでしょうか? 」

「うむ。我が息子フェルナンデを助けてほしい」


 エルファルーナがそう言いベットの方を向いた。

 そこには緑に少し金が混じった髪をもつ病的に白いエルフ族の男性がいる。

 歳は人族換算かんさんで十八くらいに見え、かなりせている。


「陛下。この痩せ具合は病気になる時からですか? 」

「いや。苦しみ始めてからじゃ」


 本人が質疑応答しつぎおうとうできない状態なので女王に聞く。

 正直不敬罪ととらえられてもおかしくない口調な気もするが、気にしたら治せるものも治せない。


 気にせず進める。


 許諾きょだくを得てベットに近寄り、腕をとる。

 脈は速い。

 顔をのぞく。

 息は荒く、苦しそうだ。


 一先ずできることをしようか。


「ケルブ」

「分かっているとも。相棒」


 そう言いケルブがぴょんとベットの上に乗る。

 少しアグリカル王国側が驚いたような声を上げるが公爵が抑えている声がする。

 そして集中。


「「意識共有リンク」」


 ケルブが見るものが見える状態になり、そして走査スキャン鑑定アナライズ毒種類検索ポイズン・サーチを発動させた。


 やはりというべきか肺を中心的にかなりやられている。

 だが、前情報のように毒らしきものが見当たらない。

 鑑定でも何も引っ掛からない。

 いや、何かにかかっているが、オレにはわからないため引っ掛からないという可能性もある。


 鑑定アナライズの魔法は知っている物や事しかわからない。

 よって知らないものや病気は引っ掛からない。


 しかし、専門に特化とっかした医師達がそれぞれ調べても原因がわからないという話だ。

 ならば未知の病気、というのが妥当だとうな線だろう。


「困ったね、これは」

「オレが知らない病気、か」


 ケルブとオレがぽつりと呟くと「ダメなのか……」と落胆らくたんする声が聞こえた。

 上を見上げるとそこには悲しそうな顔をする一人の女性が。


 ……。今の彼女は女王というよりは息子を心配する一人の母親という感じだ。


 しかし出来ないものは出来ない。

 はっきりと、言うべきか。

 治せる可能性としては万物ばんぶつを治すと言われている万能回復薬『エリクサー』くらいだろう。

 告げるべきか、告げないべきか。

 下手へたに希望を与えてもな。


 と、軽く落ち込んでいると奥の方からエルジュの声が聞こえてきた。


「……どうした? 」

「私にも何か手伝えることはありませんか? 」


 黒い神官服をまとったエルジュが出てくるとエルファルーナ女王が顔を向けた。

 しかしすぐに首を振る。


「国の神官にも、むろん診せた。だがダメだった」


 そう言う女王に軽く提案。


「……彼女は各国を回っている神官です。もしかしたら道中何か有益ゆうえきな情報を得ているかもしれません。一度見せてはいかがでしょうか? 」


 各国、というと少し考える素振りを見せた。

 そしてエルジュの方を向いた。


「では、頼もうか」


 ペコリとエルジュが頭を下げてオレ達の方へ来た。

 そして持っている錫杖しゃくじょうを軽くかかげる。


「ヒー……あれ? 」


 回復魔法を掛けようとしたエルジュが少し止まる。

 そして戸惑った様子でこちらを見た。


「あ、あの……」

「どうした? やはり効かない、ということか? 」

「いえ。それ以上に今の状態って」

「原因不明な状態だな」


 そう言うとすぐに掲げていた錫杖を戻してなにやら集中している。

 そして彼女の瞳が蒼く光ったかと思うと、「やはり」と呟いた。


「まさか何かわかったのかね? 」


 そう言うケルブを見下ろし、「はい」という。

 それに女王を含めたまわりのエルフにどよめきが走る。


「そ、それは一体何なのじゃ?! 」


 言い寄る女王にエルジュが正面を向いて口を開いた。


殿下でんかは今——『呪い』におかされています」


 それを聞き、この部屋は静寂せいじゃくに支配された。


 ★


「そもそも呪いというは簡単にできるものです」

「そうなのか? 」


 沈黙を破ったのは、沈黙を作ったエルジュ本人だった。

 そして詳しい話が聞きたいという女王の願いに応じる形でエルジュが答える。


「ええ。しかしその効力はあまり高いものではありません。それに一口に呪いと言っても多様にあり効果も様々。今回のように病気を引き起こすものもあれば単に不幸を引き寄せるものもあります」

「不幸、ね」

「ええ。しかも呪い——聖国では呪法と呼ばれていますが、これを使うにはリスクが多すぎ実行する者は殆どいません」

「リスクとな? 」


 エルファルーナ女王が聞き返すとエルジュが頷いた。


「呪いが解除されたらそれが自分に返ってきます」

「自分に返って来るのなら、やらないな。普通」

「ええ。しかも呪った相手以上の力で帰ってきます。覚悟を決めてやるにしても——例えば単に風邪を引き起こすだけとしても——自身が命の危険にさらされます」


 そう言うと軽く俯きオレの方を向くエルジュ。


「恐らくアルケミナさんの鑑定アナライズに何も引っ掛からなかったのは呪いに関する知識が無かったからでしょう」

「確かに俺には呪いに関する知識はない、な」

「それに今回殿下を侵している呪法は多用に渡り十や二十ではありません。恐らく一つ解除されても大丈夫なようにしているのでしょう」

「だが呪った本人が危険にさらされるのじゃろ? そのような危険をかえりみない大規模なこと、幾ら奴らと言えど……」

「呪うのが本人でなくてもいいのですよ。例えば……そう、貧困街の人間にお金をばらき、実行させる、など。故に呪いというのは呪法であり、邪法なのです」


 それを聞き、女王の白い顔が一気に赤くなるが、口には出さない。


 それに少し聞いてはいけないことが聞こえたような気がするが、触れずに考える。

 しかし、エルジュの話を聞くとオレ達の鑑定に引っかからなかったのも納得だ。


「ふむ。なるほど。アルケミナにキュア・カースド・ポーションの製法せいほうを教えても呪いそのものに関して教えなかったのにも納得がいく」

「どういうことだ? 」

「なに簡単さ。君が薬師として働く時呪いを知らなかったら、少なくとも「君が呪った本人ではない」と証明できるだろ? もし君をおとしいれようとするやからがいた場合キュア・カースド・ポーションを手に取り「君が自作自演をしている」と訴えることが可能なのだから」


 ケルブが見上げてそう言う。

 鑑定でわからず治せなかったら意味がないとは思うが、確かにそうだ。

 しかし納得がいかないものがある。


「そう不満そうな顔をするな、アルケミナ。君の、類まれなる人の縁を信じたのだろうよ。ほら、結果として君の周りには色々な人材がいるのだから」

「……わかっている」

「そ、そなた。今しがたキュア・カースド・ポーションが作れると聞こえたのじゃが」


 そう言い女王がオレとケルブを見た。

 素直に言おうか。


「可能だ。だが生憎あいにくとポーションは今手元てもとにない」


 そう言うとあからさまに落ち込む女王。

 だがケルブがオレの方を向いて告げた。


「無いのならば作ればいいのさ。素材はあるだろ? あの果実が」

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