第二十一話 ロドリゲスの誤算

「何がどうなっている!? 」


 ロドリゲス・マネリオは一人医師ギルドの自室じしつ狼狽うろたえていた。

 彼が見つめる先は机の上にある何枚かの報告書。

 いずれもアルミルの町の情報であった。

 中でもポーションの所は——彼にとっては——異常に映り、混乱している。


 (アルミルの町はスタミナ草を抑えれば医療が出来なくなるはず。なのに何故ポーションが作れる?! )


 彼が行った行動で、——ウルの町はともかく——アルミルの町、ひいてはアルケミナに傷一つ付けることができなかった。

 金をばらき、違法な契約書を書かせたのに数週間経ってもポーションの生産量が落ちていない事がそれを如実にょじつに表している。


 マネリオ商会のポーション生産量は異常に多い。

 アルミルの町のポーション生産量の殆どはマネリオ商会の生産量と同じだ。幾ら腕のいい錬金術師がいるからといっても商会からすればわずかな量。町の中の患者を治すのがアルケミナ達とすれば町の外を治すのがマネリオ商会となる。


 スタミナ草の供給を完全に止められた場合、一か月もすれば数字として出荷量が目に見えて変化するはずなのだがそれが起こっている様子もない。

 町全体としてのポーション生産量が落ちていないということはトリアノを回復させた薬師をおとしいれることができていないのと同義どうぎで。


 だがそれもそのはず、彼の父でマネリオ商会の会長であるグレカスが冒険者に採取を依頼したからだ。

 今まで頼っていた場所から入荷が見込めなくなったら違う手を打つのは基本で。

 加えて言うのならば「スタミナ草の在庫」という因子いんし考慮こうりょに入れていなかったのも彼の失敗原因の一つでもあった。


 こうした見通しの甘さも含めて彼には「商才しょうさいがない」。


 と、言ってもトリアノを治したのはリカバリー・ポーションという『超』がいくつあってもりないほどの稀少きしょうなポーションを作ったアルケミナで、ハイ・スタミナ・ポーションを主軸しゅじくに店の運営をしている彼女からすれば、スタミナ草の仕入れの変動はそこまで店の運営に影響しない。


 よって——彼がやっていることは最初から全て、根底こんていからまと外れなのだが、ロドリゲスはそのことを知らない。


 頭をかかえ紙を見るロドリゲスは顔を上げて、息を吐く。

 様々な調度ちょうど品が置かれた悪趣味な部屋を眺めて落ち着く。

 広い部屋に置かれたそれを見ることで「自分は兄弟きょうだい姉妹しまいよりも上だ」と自己暗示あんじをかけてにやりと笑う。

 そうしないと彼は常に「自分が無能」と言われているような気がしてままならないのだ。


「ふぅ……。一度ウルの町に行くか? それとも方法を変えるか……」


 席を立ち、軽く歩く。

 調度品を見ながら今後の事を考える。


 彼にとって最も悪いのは上司であるジルコフの機嫌をそこねることだ。

 商才がない彼が医師の専門学校へ行き、こうして領都りょうとの支部で働けているのもジルコフのおかげ。


 貴族出身でない彼は他家とのつながりがない。

 よって上位貴族を親に持つジルコフの派閥はばつに入るのが一番安泰あんたいであった。

 ジルコフの機嫌を損ねるようなことをし、派閥からはじかれるのが現在彼にとっての恐怖である。


「方法を変える……。これは愚策ぐさくだな。そもそもこの計画を立案りつあんしたのはワタクシ。下手につつけばジルコフ様の怒りを買いかねない。ならばやはり直接出向く必要が——」


 コンコンコン……。


 絵を見て考えている所にノックが響いた。

 思考をさえぎられたことにイラつくも返事をし、扉の方へ体を向けた。


 (もしかしたらジルコフ様かもしれない)


 そう思い少し着ている白衣をただしてゆっくりと開く扉を見た。

 入ってくる人物を見て落胆らくたんと怒りが混じった感情に支配されそうになるが、踏みとどまる。


「なにをしに来たんだい? ニルヴァ君」

「ほ、報告です」


 おずおずと言った感じでよれよれの白衣を着て入ってきたのはニルヴァであった。

 いつもならそこまで気にならないが、今のように解決すべき案件あんけんがある時に来られたらかんさわる。

 それを知っているのだろう。ニルヴァはささっと扉をめて、報告ができる所まで移動し、口を開いた。


「……次の患者様がお待ちです」


 今までとは違い少し平坦へいたんな口調でニルヴァは告げる。


「そんなものギルドの誰かに回してくれ。ワタクシは忙しいのでね」

「しかしこの患者様は以前よりロドリゲスさんの担当で……」

「ワタクシがやっても他の者がやっても同じだろ? 今日は忙しいんだ。そうだ君が引きいでくれ。そうすれば全部解決じゃないか」


 人を小ばかにするかのように両腕を大きく広げて大袈裟おおげさに言い、そして自分の机に着いた。

 まるでもうそこから動かないという風に。

 しかし今回のニルヴァはいつもと違った。


「この患者様は、ロドリゲス先生に診てもらうために必死にお金を貯めて毎回来ているのです。診るべきでは? 」

「関係ないね。結果が同じならば、誰が受けようとも関係ない」


 その言葉に、ニルヴァの口元くちもとが少しゆるんだ。


「そうですね。関係ない。確かにそうです。結果が全て。ならば——これから起こることも納得がいきますよね? 」

「? 」


 ニルヴァが不穏ふおんな口調で言葉を放つと、外から大きな足音が響く。

 ロドリゲスは何が起こっているのかさっぱりわからず椅子に座っていると「バン! 」と大きな音を立てて扉が開き、侵入者が見えてきた。


「元医師『ロドリゲス』だな? 報告は受けている! 早急に詰め所まで来てもらおう! 」

「な、何で騎士が……」

「なにを抜かすか悪徳あくとく医師が! おい、捕まえろ! 」

「「「はっ!!! 」」」


 すぐさま近寄りロドリゲスを捕縛する騎士達。

 呆然ぼうぜんとしているとロドリゲスの腕をつかまれ、痛みが走り、我に返る。


「おい! どういうことだ! ニルヴァ、貴様何をした!!! 」

「私ではありませんよ。勇敢ゆうかんにも公爵閣下にもうし立てをしたのは貴方が手をくだしたウルの町の人々です」

「な!!! 」


 驚き、絶句ぜっくする。

 同時に顔が憤怒ふんぬまみれてゆがむ。


「あの野郎共!!! 」

ちなみにですが貴方がばらいたお金は……もちろんですが医師ギルドからは出ませんよ? 」

「へ? 」


 いやそんなはずはない、と思い変な声が出る。

 暴れ、抵抗するのを忘れて聞きに入る。


「当たり前じゃないですか。自分で払ってくださいよ。むしろ何で医師ギルドから出ると思ったのです? 」

「い、いや、しかし……今まで」

「そう。今までは落ちていた。それが問題なんです」


 今までとは異なり震えず、冷たい声で告げるニルヴァ。

 そしてやっと違和感に気付いた。


「え? いや、え……お、お前……本当にニルヴァか? 」

「ええ。ニルヴァですとも。皆の前で震える気弱きよわなニルヴァですとも。では皆さん、後はよろしくお願いします」

「「「はっ!!! 」」」


 敬礼し、出ていく騎士達。

 その異様いような光景にロドリゲスはただ茫然ぼうぜんとしながら連れていかれる。

 そして最後に——


「あぁ、そうです。最後に一つお伝えするのを忘れていました。貴方が払えなかったお金、きちんと借金奴隷として働いて返してくださいね? まぁ一生払えないかもしれませんが」


 そう告げロドリゲスを見送った。

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