第十七話 自称三賢人の集い 二

「しかし定期的に会合かいごうを開いているが君達は仕事は大丈夫なのかね? 」


 空気がなごんだ矢先やさきにそれをくずすかのような言葉が隣から聞こえた。


「ほほ。わしは今日の為に仕事を終わらせて来とるわい」

「私も仕事から逃げ……いえ息抜きに来たから大丈夫」

拙僧せっそうは朝のつとめも終わらせ今は自由時間。教会の方は任せているから大丈夫だ」


 三人がそれぞれ口にするが……ヤホイさんから聞きてならない単語が聞こえたような気がする。

 気にしない様子で周りを見ているが誤魔化し切れていない。

 後で店員達に怒られるのは必須だろう。


 しかしグレカスの爺さんはどれだけこの会合を楽しみにしてるんだ?

 確か小さくない店を構えているはずだが。

 本当に仕事を終わらせてきてるんだろうな?


「何だ? 疑わしそうにわしを見て」

「……本当に、終わらせたんだよな? 後で店員にオレが怒られるのは嫌だぞ? 」

「無論じゃ。流石に仕事を放り投げては来んわい」


 隣のエルフが「ぐっ! 」とうめいた。


「じゃがわしは会長職。ある程度まとまった書類にサインをするだけ。薬やポーションを作り終えたら、いつもひまを持てあましとる」

「時折拙僧の教会にも顔を出しに来るほどに」

「あらいいじゃない。なら今度私も」

「……グレカス殿は仕事を終わらせて来るから良いものの、貴殿きでんは仕事を投げ出す。弟子が探しに来るのが見えているからやめてくれ」

「ほほほ。町中でヤホイを呼ぶ声が時々するの」


 エルフの薬師ヤホイが完全に沈黙した。

 確かに時々ヤホイさんを呼ぶ声がするのは確かで。

 あれは仕事から逃げていたのか。


「ヤホイさんはお弟子さんがいるのですか? 」


 撃沈したヤホイを気にせずマリアンが聞いた。

 最近、時折だが彼女が突如とつじょ予想外の事を言ったりしたりすることがある。

 なるほど。アーク公が「抜けている」と言ったのはこういうことか。


 長い机に突っ伏しながらも気丈きじょうに顔だけ上げてマリアンの方を向くヤホイさん。

 耳をピクピクさせながらもマリアンの問いに答えた。


「いるわよ。店にね、何人かとってるの」

「凄いですね! 私として弟子につくことはありましたが、弟子を取ったことがないのであこがれます! 」


 め言葉に精神力が回復したのか机から体を上げて純粋な目をするマリアンの方を向いた。


「そうでもないわ。それに弟子と言っても本格的な弟子じゃないの」

「と、言うと? 」

「私が出てきた森からね。時々外に出たいって子がいるの。その子達をあずかって、外の社会で働けるようにして送り出しているのよ」

「それはすごい! 」


 そうでもないわ、と言いつつ満更まんざらでもないヤホイさん。

 分かりやすいな、と思い両隣を見るとグレカスもカムイさんも少し笑っている。

 いつもならばすぐに口論になるが、気分が上向ているせいか両隣が見えておらず怒る気配がない。


「やれやれ。ここまで単純だと少し心配になる」

「何だケルブ。ヤホイさんのことが気になるのか? 」

吾輩わがはいは単に彼女が悪い奴にだまされないか心配しているだけだよ。少しおだてられただけであの状態だ」


 確かにそうだが大丈夫じゃないか?

 ヤホイさんは二百を超えるエルフだ。

 単に今までめられていない分、マリアンに純粋な気持ちで褒められて気分が上向いているだけで。

 そこまで心配する程じゃないと思うんだがな。


「なに不貞腐ふてくされているんだい? 焼きもちか? 」

「ハッ! 誰が」

「ケルブ殿。どちらかというとケルブ殿が浮気をしているように見えるのだが」

「吾輩が浮気? 君も少し目がくさって来たようだね」

「腐ってはおらん。しかし護るべき相手がいる状態で他の女性の話をするのは、紳士を名乗る貴殿の心構えからは少し離れているのでは? 」


 カムイさんにそう言われ、「ぐっ! 」と詰まるケルブ。

 しかし同時に「浮気」と言われて、まるでオレがこの人形と恋人のような感じになっているのにイラっと来る。


「ほほ。ひたいしわを寄せるな。きざまれるぞ? 」

「……寄せてない」


 少し反論し、ふぅと息を吐く。

 そして少しばかし思い出した。


「そう言えば……」

「どうされた? 」

「何か議題か? 」

「面白い話なら歓迎よ」

「いや、面白いかはわからないが……。ポーションの味付けってやったことがあるか? 」


 意外な言葉だったのか、全員が固まった。

 そして各々が考える素振りを始める。

 最初に口を開いたのはカムイさんだった。


「拙僧……。その昔ハイ・スタミナ・ポーションに酒を混ぜたことがあるんだが」

「「「酒?! 」」」


 オレ達が驚き声を上げた。

 何でそんな発想はっそうになるんだ。


「いや。祖国では酒を少量入れ飲む薬があってな。あの味が嫌で、打ち消そうと考え付いたのがこの方法だった」


 な、なるほど。

 一応の理由はあるんだな。


「だが失敗だった」

「そりゃ失敗するだろ」

「確かに……このあたりではやられないけれど、そういった薬もあるわ。だけどそれをポーションに応用するなんてなんて無謀むぼうな」

「……あきれないでくれ。しかし失敗と言っても効力が無くなったわけではなく、きちんと味も消せた。無論酒にった味だが」

「ほう。それは面白い」

「少しでも効果があるのなら検証けんしょうする余地よちはあるわね。これが果汁酒ならば……」


 カムイさんの言葉にグレカスが興味を持ち、ヤホイさんが一人考え始めた。

 しかしそれをカムイさんが止める。


「止めておけ。結果として失敗だったのだから」

「どういうことかしら? 」


 思考の邪魔をされ少し不機嫌な感じのヤホイさんがカムイさんに少し突っかかるように言う。


「混ぜて、飲んだ。それは良かった。しかし同時に動悸どうきが激しくなり、眠れなくなった。三日三晩寝れず、動悸どうきはどんどんと速くなった。その昔ドラゴンに襲われた事があったが、ポーションに酒を混ぜた時ほどには死というものを感じなかったな」


 カムイさんが言い終わると、全員が沈黙した。

 開いた口が閉じないとはまさにこのことだ。

 逆を言えばポーションに酒を混ぜるのは危険ということで。

 カムイさんの実体験でそれを知ることが出来たんだ。

 カムイさんのことは無駄ではない。

 ありがとう。カムイさん。


「ま、まぁカムイのことは極論だけど、何かに混ぜるのはいいと思うわ」

「? と、言うのは? 」

「例えば固形物にポーションを混ぜるとか。効力の程は期待できないかもしれないけれど、染み込ませることで味は軽減されるかもよ? 」

「それじゃ普通の薬じゃて。ポーションの売りは『液状』で『即効性』があることじゃ。それこそ固形物なぞに混ぜたらそれすらも落ちるんじゃないかの」

「た、確かにそうだけど、やってみないと」

「そうじゃが……売りに出すまでに莫大ばくだいな時間と金が必要になるぞ? 」


 そう言うとヤホイさんが下を向いた。

 そして恨みがましくグレカスの方を見上げる。


「ならグレカス。貴方何かいい案でもあるの? 」

「無論——ない! 」


 全員が少し崩れた。


「むしろあったらわしの店で扱いたいくらいじゃ」

「そうよね。貴方はそう言う人だったわ」

「期待はしていなかったが……いや、ある意味期待通りというべきか」

「ま、そうそう——「あ、いました! 師匠を発見です! 」」


 いきなり声が響いた。

 扉の向こう側から声と複数の足音がする。

 ヤホイさんの方をみると今にも逃げる準備を始めていた。


「じゃ、私はこれで——」

「もう逃がしませんよ、師匠! 」

「今日こそ働いてもらいますからね! 」

「書類にサインを! 早くしないと納期のうきがぁ! 」


 扉が開くと同時に部屋の中に声が響き数人のエルフが見えた。

 白衣に事務服など様々な服を着ている。

 彼女達は手に魔杖ロッドや資料を持っていたが、すぐさまヤホイさんを魔法で捕縛ほばく

 身動きが取れなくなったヤホイさんを肩にかついで「お騒がせしました」と言い残し彼女達はっていった。


「……わしらも帰るかの」

「では解散ということで」


 こうしてオレ達は集会場を後にした。

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