第十話 錬金術師、最高の一手を打つ

「こっちだ」


 大勢の使用人達にかまうことなくオレとケルブはアース公について行き目的の部屋へと向かった。

 診ると啖呵たんかを切ったは良いもののこんな豪華ごうかな館を歩くのは初めてで、緊張している。

 こういう時感情が表情に出ない人形は良いよな、と思い隣を見るが少し足が速い。

 ……。感情に出なくても行動に出るか。

 ケルブは様々な経験をしているはずなのだが、こういった館に入るのは初めてなのかもしれない。


 そう思いつつも歩いていると公爵が止まる。

 同時にオレとケルブも足を止め、前を向く。

 執事と思しき人物とアース公爵が話している。


 そして老執事が胡散臭うさんくさそうにこちらを見た。

 気持ちは分からなくもないが、表情に出すのは貴族の館の執事としてどうなんだ?

 しかし老執事も主の言葉にはさからえないらしい。


「さ、行こう」


 そう声を掛けられてオレとケルブは更に奥へ進み一つの部屋の中に入った。


 ★


 部屋の中は、一層空気が清浄に保たれている気がする。


「魔道具、か」


 ぽつりと呟いた。

 それに進む公爵が振り向き軽くうなずく。


「これ以上病気が進行してはいけないからな。出来る限りの手は打っているつもりだ。これもその一つ」


 かなり急いでいるのかそう言い終わると更に進む。

 空気を清浄せいじょうにする魔道具はかなり高価だったはずだが。

 どれだけその息子というのが大事に思われているのかわかるな。

 おっと行けない。

 おいてかれそうだ。


 公爵について行き部屋の奥へ。

 たった一室というのにかなり広い。

 すすむと白いカーテンに仕切られた大きなベットが一つあった。

 そこには三つの影が映っている。


「私だ」

「貴方」

「父上」

「親父」


 アーク公爵が声を掛けると女性の声が一つ、男性の声が二つ返ってきた。

 返事を聞くとそこから一人の女性が出てきた。


「貴方。こちらの方は? 」

「道中瀕死ひんしのマリアンを助けてくれた薬師だ」

「それは、まぁ」


 と、軽く好奇こうきの目でこちらを見る貴婦人きふじん

 若々わかわかしく見えるがこの公爵の妻だ。

 恐らくそれなりの歳だろう。


 挨拶をしているとそれにつられてか二人の男性が出てきた。

 一人は如何いかにも文官と言った雰囲気の男でもう一人は武官といった感じの男だ。

 その二人にオレの事を紹介するアーク公爵。

 しかしどこか期待していないような瞳を向けてくる二人。

 おかかえの医師でも無理だったのだから当然と言えば当然だがやる前からこれでは少し気が落ちる。


「アルケミナ殿。こっちだ」


 そう言われ、白く薄いカーテンの中へ入っていった。


 ★


「これは……」


 天幕てんまくの中を行くと一人の少年が息を荒くしてベットで寝ていた。

 だが普通ではない。

 顔しか見えないが所々紫に変色へんしょくしている。

 しかし……。


「アルケミナ殿。どうだろうか? 」

「これ本当に病気? 」

「??? 」

「いや失礼。言葉らずだった。病気というよりも毒にやられているように見えるのだが」


 振り向きそう言うと中にいる公爵と他三名はうつむいた。


「医師も最初はそう言っていた。しかし、何らかの魔法を使ったら毒ではなく病気ではないか、と」

「魔法、ね。ケルブ」

「分かっているとも」


 そう言いケルブは軽くジャンプしベットの上に飛び移る。


「掛けている布団ふとんをとっても? 」


 顔だけ移しケルブが聞く。

 すると公爵はうなずき、他の公爵家の人達は苦い顔をした。


 了解を得たということでケルブが苦い顔する三人に気にすることなく布団ふとんを取る。

 そして上着を脱がせて状況を診た。

 するとそこには体中、紫の斑点はんてんや所々赤いもののようなものが出来ていた。

 瞬間空気が重くなった。


「医師いわくこのような症状を見たことないと。いや正確に言うならばこの小規模なものはあるがここまでのものは、と」


 沈痛ちんつうおもむきでそう言うアーク公爵。

 確かにひどい。

 だが、これを見て毒でないと判断したのならば恐らく鑑定系の魔法を使って昔の症例にらし合わせたのかはたまた別の理由か。


「さて。始めよう。まずは……アルケミナ」

「分かっている」


 ケルブの背に手を当て魔力をゆっくりと譲渡じょうとする。

 そして魔法を発動させる。


「「意識共有リンク」」


 オレとケルブがつながった。

 これでケルブが見ているものをオレが見ることが出来る。


「次だ。走査スキャン


 軽くステッキで突いて魔法を発動させる。

 魔法陣が浮かび上がるとそれをステッキで動かしながら内臓を診る。


「内臓がかなりやられている」

「そんなっ! 」

「医者は何も言わなかったぞ?! 」

「恐らくアーク公にショックを与えないように誤魔化したのでしょう。まぁオレはズバっと言いますが」

「……その方が助かる」


 全身をくまなく検査して一旦走査スキャンを切る。


「次」

鑑定アナライズ


 再度ケルブがステッキで突き鑑定。

 だが……。


「ノイズがひどいな」

「病気? 本当に病気か、これ? 」

「ど、どういうことだ?! 」


 後ろから声が聞こえるが......さて、本当の事を言ってもいいのだろうか。


 おかかえの医師はこれを『病気』と報告した。

 もしかして手にえないから本当のことを言わず、放り出した?

 もしくは何か貴族のやんごとなき理由がある?


 虫酸むしずが走るな。

 ギリっと歯をむ。

 オレが何を考えているのかケルブが感じ取ったのだろう。

 こっちを見上げた。


「大丈夫だ、ケルブ」

「そうか。ならいいが……。この後はどうする? 」

「出来る限りはやってみる」

承知しょうちした。かなり消費するが大丈夫か? 」

「魔力量と魔力操作には自信がある。大丈夫だ」

「では」


 と、言いケルブも軽く気合いを入れたようだ。


毒種類検索ポイズン・サーチ


 トン、と魔法を発動させ毒を検出けんしゅつしようとする。

 繊細せんさいに魔力を流しつつ、膨大に使う。

 同調したケルブが同じスピードと魔力量で毒を検出けんしゅつしていく。

 一つ、一つ詳細に調べていく。


 そしてやり終えベットから離れた。

 座り込み、少し考える。


「……長くに渡って少量ずつやられたのか? 種類も多様たようだ」

「!!! 」

「これからどうするか」

「あのやぶ医者がぁぁ!!! 」

「うぉっ! 」


 思考にふけっていると大きな声が聞こえて驚いた。

 体をビクンとさせて声の方をみる。

 そこには怒りに満ちたアーク公爵が。

 今にも暴れそうなアーク公爵を必死に抑える家族達という図式ずしきり立っている。


「今からでもあの医者を処分してくれるわ! 」

「父上! 待ってください。怒りは分かりますが」

「貴方。一先ず落ち着いて。何にせよトリアノが治ってからですよ」


 いや、貴方も処分する気満々まんまんなのかい!

 抑えられながらも一通り暴れ疲れたのか「取り乱した。すまない」と謝罪し事態が収まる。


「……息子は。トリアノは治りそうですかな? 」

「普通の方法だとまず無理でしょう」

「そんな! 」


 アーク公爵家の人達が絶望的な雰囲気を出す。

 しかしケルブが気付く。


「おい、まて。アルケミナ。何をするつもりだ? よもや昨日作ったあれを使うわけじゃないだろうね? 」

「そのまさかだ。今使わなくてどうする? 」

「馬鹿か、君は! あれ一本にどれだけの価値があると思う? 」

「持っているのは一本だけじゃないだろ? 」

「そうだが……。そもそも」


 ケルブの言葉にアーク公爵が言葉をかさねた。


「トリアノは、息子は助かる方法があるのか? 」

「可能性の話ですよ? 」


 振り向き前置きをする。


「このままだと息子は死んでしまうのですよね? 」

端的たんてきに言えば」


 夫人ふじんが聞く。


「ならば。その可能性にかけてみよう。よろしく頼む」


 公爵がそう言うと全員が頭を下げた。

 ケルブも気圧されたのだろう。

 もう何も言わない。


「分かりました。やりましょう。しかしここでのやりとりは、秘密ですよ? 」

「ああ。誰にも言わない、知らせない、文章に残さない事を約束しよう」


 それにうなずき腰に手をやる。

 そしてアイテムバックから一本のポーションを出した。


「ハイ・スタミナ・ポーション? 」


 首を横に振る。


「これはリカバリー・ポーション。呪い以外の異常状態を治す、反則級の品です」

「な! 」

「リカバリー?! 」

「有り得ない! 何でそんなものが! 」

「リカバリー・ポーションと言えば完全液状回復薬エリクサー匹敵ひってきするものだぞ?! 」


 驚く公爵家の人達にこれが予想で来ていたのか呆れるケルブ。


「透き通った見た目はハイ・スタミナ・ポーションと変わらないかもしれませんが正真正銘しょうしんしょうめいのリカバリー・ポーションです。使いますか? 」


 そう言うとたじろぐ公爵家。

 しかし腹をくくったようだ。


「よろしくお願いします」


 その言葉を聞き彼に向く。

 更にアイテムバックからスポイド状の道具を取り出し、一滴一滴ゆっくりと含ませる。

 時間をかけてリカバリー・ポーションを飲ませ、一息つく。

 その後スタミナ・ポーションもゆっくりと飲ませて色が引いて行くのを見届け数日後オレ達は店に帰った。

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