第7話 伯爵の依頼

 現在~ 


 うだるように暑い夏の午後。

 その貴族は娘についての相談で治安警備隊を訪れた。


「それで伯爵、お嬢様の件とはどのような事でしょうか?」

「それが・・お恥ずかしい話ですが、こうだとハッキリお伝えするのが難しいのです」


 そのベアーズ伯爵の話は取り留めのない物だったが、要約すると・・1か月ほど前から16歳の娘の様子がおかしい。アカデミーに通うのを突然やめてしまい、大人しくて従順だった子が、我がままで粗暴になりメイドに無理難題を言いつけたり、わがままが通らないと暴れて手が付けられなくなる・・・ということだった。


「その、失礼ではありますが反抗期というようなことは?」ロッシ隊長が遠慮がちに尋ねた。


「それは私たち夫婦も考えたのですが・・・食べ物の好みまで変わってしまったのです。以前は嫌いな物は魚くらいだったのですが、今は逆に魚が大好きになりまして」


 魚の他にも肉やチーズが好きで・・・そこまでなら聞き流せる話だったが、続きを聞いてロッシの眉はぴくりと動いた。


 それだけしか食べないのだという。


 野菜や穀物、果物も口を付けず、魚、肉、チーズ、ミルクだけをひたすら食べるのだそうだ。気が向いた時だけパンをかじるそうである。


 伯爵は額から吹き出す汗をハンカチで忙しなく拭きながら続けて言った。「もうひとつ・・・大変言いにくい話なのですが・・・」


「他言は致しませんよ、ご安心ください」

「その・・若い使用人を・・使用人の男を夜な夜な部屋に連れ込んでいると・・・」


 そんな話が広まれば将来の縁談に影響がでるのは間違いない。それで慌てて相談に来た訳か。


「うちの警備隊には非常勤のニッパーがおります。その者と一緒に一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ニッパーが・・まさか本当に存在するとは思いませんでしたが・・」

「彼が見ればただの反抗期なのか、そうではないのか区別がつくでしょう」




 そんな訳で今二人は、ベアーズ伯爵邸の応接室にいるのだが。


「あぢ―今日はなんでこんなに暑いんだよ~、それに麗しの伯爵令嬢はどこにいるんだ?」

「ルカ、仕事なんだぞ、しゃんとしろ! なんだその恰好は。シャツのボタンはきちんと上まで留めろ」

「苦しいし、暑いし、無理」

「規則違反だ」

「ロッシ、それただの口癖になってない?」

 仕方なくボタンを留めながら待っていると、伯爵が入って来た。


「ようこそおいでくださいました。娘は今部屋にいるのですが、多分呼んでも来ないでしょう」

「こちらから出向きますから案内して頂けますか?」


 部屋に行くまでに、ルカは簡単な自己紹介をした。 

「私が見れば妖精がお嬢様に化けているのか分かります。ご安心ください」


 応接室での様子とは裏腹に生真面目な態度のルカだったが、


(伯爵令嬢とお近づきになれるチャンスだな。うまく行けば・・ルカ様~助けてくれて感謝してます! 愛してますぅ・・なんて事になったりして・・)頭の中は妄想が渦巻いていた・・・。


 だが口に出しては、 

「伯爵は部屋の外に居てください。暴れてケガするといけませんから」と伯爵に手のひらを向けた。

 そう言われた伯爵はぎょっとして1、2歩後ずさりした。


 ロッシが先に入ることにした。軽くノックする。


「お嬢さま、治安警備隊のロッシと申します。お屋敷の警備強化のため参りました。お部屋の確認をさせていただきたいのですが」

「私の部屋は平気だから帰って頂戴」

「そういう訳には参りません、貴族の子女の部屋の安全は何よりも・・・」

「うるさいわね! いらないって言ってるでしょ、さっさと帰らないとひどい目にあうわよ!」


 なるほどーこれは単にヒステリーなのかただの反抗期なのか、それとも・・


「入りますよ」ロッシは令嬢の言葉を無視してドアを開けた。


 バフン~

 まずはクッションが1つ飛んできた。ロッシがクッションをまたいで進むと今度はティーカップが飛んできた。カップはロッシの顔をかすめてドアに当たり派手な音をたてて砕けた。


「誰が入っていいと言ったのよ、出て行きなさい!」


 令嬢はベッドの脇に座っていた。寝巻姿のままで髪も寝ぐせで乱れひどい様子だったが、顔は16歳のまだあどけなさが残る少女のそれだった。

 サイドテーブルにはクリームがこんもりと乗った大きな皿が置いてあった。


「伯爵令嬢ともあろうお方が物を投げつけるとは・・品位を疑いますな」

「なんですって! 品・・なんですって?」


 令嬢は品位という言葉を知らないのか、知っていて侮辱された事に腹を立てたのか、うろたえた様子を見せた。

「私がなんだっていうのよ! わ、私は令嬢なのよ、誰も逆らえないのよ。分かったら出て行きなさい!」

「こんな粗暴な令嬢には初めてお会いしましたね、令嬢かどうか疑わしいものですねぇ」

「き――っ、うるさいっ!」

「これはこれは、ただの子ザルでしたか!」

「だまれ―っ」


 目を吊り上げて怒り狂った令嬢はロッシに飛びかかった。

 ロッシが身をかわすと令嬢はバランスを崩し倒れるか、と思いきやくるっと前方に1回転し、膝をついたままの態勢からビュンと勢いよくジャンプして、またロッシに掴みかかった。


「こりゃぁサーカスに行った方が伯爵令嬢より合ってるな」ルカがサイドテーブルの上のクリームを指で舐めながら言った。


「おい何やってんだルカ、手を貸せ。すごい力だ、この令嬢は」

 床の上で令嬢と取っ組み合いをしているロッシがルカに視線を移した。


「どれ、お遊びはここまでですよ、お嬢さん」


 クリームがついた指をペロっとひと舐めしてルカが笑った。



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