第3話 21年前

 今日は俺への依頼は無し。


 おかげで昨夜はソフィアの部屋でゆっくり楽しむことが出来た。ソフィアはいい女だ。絶対に結婚なんて匂わせないし、肉付きが良くて抱き心地がいい。当然俺は朝帰りだ。


「起きろ―っ、ルカ―!」

「勘弁してくれよぉ、俺は今日は休みだよ」


 朝早くからドアの向こうで大声をあげているロッシに俺はうんざりさせられた。


「お、そうだったか。そりゃすまんな」謝る声もデカイ。


 俺は毛布を頭からかぶってまた寝ようとしたが、食器をカチャカチャ片付ける音やドアが開閉される大きな音ですっかり目が覚めてしまった。そこへコーヒーのいい匂いがしてきたので、仕方なく起きることにした。


「おう、起きたか。卵も焼けたぞ」

「ふわぁぁ、食ったらまた寝るかな」

 大あくびしながらコーヒーをすすっていると、ロッシが前の席に座り朝食を食べ始めた。


「ソフィアの所か?」

「ん? ああ、そうだよ」

「悪いことは言わない、あいつはやめとけ」

「ソフィアなら平気さ。あいつは俺に結婚してくれなんて絶対に言わないね」

「だからだ。お前もう28だろ? そろそろ身を固めた方がいい年だぞ」

「俺がそんな事になったら世の女子が悲しむだろう? 俺はそんなヒドイことは出来ないなぁ」

「言ってろ」ロッシは呆れた顔をした。

「心配してくれるのはありがたいけどさ。まだいいよ」

「だがなぁ、俺がお前の年頃にはなぁ・・・」


 おっとまずい、この話は苦手だ。俺はロッシの話を遮った。


「ほらロッシ、遅れるよ。治安隊長さんが遅刻しちゃ示しがつかないでしょ」

 ロッシは渋々話を切り上げ、仕事に出て行った。


 この領地の治安警備隊・隊長ロッシは俺の親みたいなものだ。心配するのも無理はない。俺にとっても家族はロッシだけだ。



 21年前~


 貧民街から1本表通りにある小路をロッシは歩いていた。給金を貰い、久しぶりにたらふく酒を飲んで上機嫌だった。その彼の少し後ろを二人の子供がこっそりつけていた。まだ6歳くらいの男の子だった。


「あいつ、相当酔っぱらってるな」年長らしい少年が囁いた。

「うん。でね、左のポケットにお金の袋を入れてたよ」年下らしい赤毛の少年が言った。


 二人は酒場から出てきたロッシをずっとつけて来ていた。今日は月の最後の日、多くの労働者が給金を貰える日だ。


「俺があいつを転ばすから、心配する振りをしてお前がポケットから金を取ってくるんだ」

「分かった、でもどうやるの?」

「ま、見てろって。俺は手品が使えるんだ」


 年長の子は何かを投げる素振りをした。だが何も見えない。ロッシにも変わった様子はない。

「クソっ、うまく当たらない」


 その子が何度か同じ動作を繰り返していると、ロッシの足がもたついて彼は仰向けに転び尻もちをついた。すかさず、赤毛の少年がロッシに駆け寄った。


「おじさん、大丈夫?」

 赤毛の手がポケットに伸びたが、お金の入った革袋を掴む前にロッシの手がその子の手首を掴んだ。


「うわぁぁ、痛いよぉ」

 手首を掴まれて不意をつかれた赤毛はびっくりしてジタバタと暴れた。

 年長の子が走り寄っていきなりロッシの腕に思い切り噛みついた。ロッシは思わず赤毛の手首を離してしまった。

「レッド、逃げろ!」

 赤毛は手首をさすりながら一瞬ためらったがすぐさま駆け出した。


 年長の子は横目で赤毛が逃げるのを見届けたが、それでもまだロッシの腕に食らいついたままだった。


「このガキ・・・」

 反対の手で平手打ちされやっとその子は口を離した。すぐ逃げようとしたがロッシに襟首を摑まれると観念したのか、おとなしくなった。


「俺たちは何もしてないぜ。おっさんが勝手に転んだのになんで叩かれなきゃいけないんだよ」

 その子はしれっとした顔で言った。


「さっきの赤毛はお前の弟か?」

「だったら何だよ」

「どうなんだ?」

「違うよ。そこの店の裏に居たんだ」


 そこの店とは酒場の事だった。酒場のゴミを漁っていたのだろう。会ったばかりの子を庇って逃がしたのか・・・。

少し考えていたロッシは、「とりあえずついて来い」と少年の手を掴み言った。


「け、警備隊に突き出すのかよ」

「そんな怯えた顔をするな。俺はこれから飯を食うんだ」


 そう言ってロッシはそのまま酒場に入って行った。


「串焼き肉を5本とパン、野菜をたっぷり入れたスープを1杯くれ」


 料理が運ばれてくるとロッシは串焼きを1本だけ自分の皿に取り、残りをその子の方に押しやった。

「さぁ全部食え」


 その子はゴクリと唾を飲み込みながらロッシの顔を見ていたが、ロッシが串焼きにかじりつくと耐え切れずに自分もガツガツと食べ始めた。


 あらかた食べ終えると、じっと見ていたロッシが尋ねた。

「まだ食えるか? 食いたいものはあるか?」

「・・・マカロニ、が食べたい・・・」

「マカロニか。おーい、クリームソースであえたマカロニをひとつくれ」


 マカロニも全て平らげ、満腹したお腹をさすっていた少年にロッシは名前を尋ねた。

「俺は、ルカって言うんだ」

「家は?」

「そんなもの、ない」

「・・・なら今日は俺の所に来い」


 外は雨が降り出していた。―これから寝る場所を探すのは辛い。朝になったら逃げだせばいいか・・・。


 その晩、ルカは久しぶりに柔らかいベッドでぐっすり眠った。

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