第2話 精霊のいる世界

「ロッシ~早く出ろぉ~」


 ルカはトイレのドアをガンガン叩いていた。中からは鼻歌と新聞をめくる音が聞こえてくる。


「もうすぐだ」


 (くっそ、ロッシのもうすぐが、もうすぐだったためしがない。)

 諦めたルカはすっかり暗くなった外へ出て行った。


 いい季節だ。少し湿気を含んだ風が夜の匂いを運んでくる。明日は雨かもしれないな・・・。

 ルカはアパルトマンの近くの酒場でトイレを借り、そこでグラッパを1杯ひっかけてから外をぶらついていた。酒場の前にはテーブルが設けられ、男女4~5人が賑やかにおしゃべりしていた。


 酒場の裏手には大きな噴水がある。


 水の精霊の女王が岩の上に寝そべり、その周りを小さな水の精霊達が踊るように取り囲む壮大な彫刻から水が流れ出ている。

 この噴水の横に小さく伸びる坂道の途中にルカとロッシのアパルトマンはあった。


 噴水の前を通り過ぎた時目の端に白い彫刻が動いたのが見え、ルカは立ち止まって振り返った。

 だが動いたのは彫刻ではなかった。

 小さな子供くらいの精霊が噴水の中で水しぶきを上げ楽しそうに遊んでいる。半透明のガラスで出来た人形が動いているようだった。


「ああ、やっぱり明日は雨だな。おやすみ、カゼひくなよ」

 水の精霊は雨が降るのを喜ぶ。ルカは片手を振って坂を上り始めた。



 そう、この世界には精霊が存在する。だが見ることは出来ない、普通の人間には。


 ルカは生まれつき精霊を見ることが出来た。声を聞いたり意思の疎通だけを行える人もいる。こういう人間は稀に存在し「ニッパー」と呼ばれていたが、なぜ存在するのか、見る為の条件があるのか、何も分かっていない。


 ルカも子供の頃は怖かった。周りには見えないものが自分だけに見えている。精霊が見える人間の存在は周知されておらず、あれはオバケなんだと思い込んでいた。

 だが今はこの特異体質を仕事に生かし、安定した暮らしを手に入れることが出来た。


 今日の妖精退治もそうだ。


 妖精? 手のひらに乗るくらいの、可愛らしい羽根を持った美しい生き物? とんでもない。イタズラ好きですばしっこくてずる賢い、厄介なヤツらだ。

 まぁ見た目は様々だから可愛いのやら、ほぼ動物に近い形容をしているのやら色々だ。


 妖精は人間より長生きだ。聞いた話によると120年位が平均寿命らしい。


 そして妖精は精霊と他の生物との間に生まれた生き物だ。風の精霊と人間。水の精霊と白馬、といったように。だから見た目は様々。

 偶然にお互いの意思が通い合い生まれる事もあるし、人間と同じように愛し合い生まれる妖精もいる。

 

 妖精の形容はなぜか、ほぼ偶然で決まる。飛ぶことに憧れて、鳥が大好きだった人間が風の精霊と結ばれて生まれた妖精はツバメの形をしていた、という話を聞いたことがある。


 ま、俺が知ってるのはこんなところか。


 そうそう、妖精がみんな悪い事をするとは限らない。森で静かに暮らしているやつもいる。

 だが妖精も精霊と同じように、ニッパー以外は見えないのをいい事にトラブルを起こす奴がいる。


 そういう時は俺の出番というわけだ。


 

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