第三章 信じるに値するもの①

 ヘキサート学校の食堂は、昼食時になると神学校でありながら、静粛を促すような雰囲気は少しもなく賑やかだった。

 アネスは食堂の奥の席で一人腰かけ、食事を摂っていた。

 どこからか視線を感じ、その場から食堂全体を一巡した。

 いつも学校の食堂で目にする生徒は、中等部と高等部が主だ。背丈も初等部のように極端に低い生徒は数えるくらいだった。

 人数の少ない初等部は三つのクラス分けがなかった。初等部の頃から親元を離れ、厳しい訓練を受けさせるという考えを持つ親もあまりいないのだろう。それでも幼い頃からヘキサート学校に通う子は、自分たちの家名に誇りを持ち、子々孫々にまでそれを受け継がせようとする大人の願望や理想からなるものだった。

 ヘキサート学校は中等部から高等部にかけ徐々に人数が増えていく。最も多いのは高等部だが、学生部に進むためには単に試験を受け、それなりの成績で、というわけにはいかず、ヘキサージェンの基地などに出向いて、厳格な教官の下で訓練を受けることが多くなる。高等部の段階で、社会人として就労することもあり、そうなると学校内での学生部の人数は、やや少なめなものとなる。

 となるともはや、昼休みを満喫しているのは中等部と高等部がほとんどというわけだ。

 アネスは結局、視線の持ち主が誰だかわからず食事を平らげることに意識を傾けた。

 遠くの席からはルビーシャが、何度も視線をアネスの方へ送っていた。

 ウォルゴがルビーシャに指摘する。

「一人にしといてやれって……」

 ルビーシャは口を尖らせ、

「だってさあ……。あたしたちとは入学してからずっと仲良かったのに……」

 ウォルゴは軽く息を吐きつつ、

「アネスとは中等部から一緒だったっけな……。ココーネがいなくなってから、あのとき森に入った俺たちやレザークはお咎めってことでクラススリーへ移動になっちまった……。ノイルは収容所行きだ」

「レザークがクラスワンに戻れたのは、お家との絡みがあったからでしょ?」

「それもあるが、レザークの成績は他のクラスワンの奴とは格が違った。クラススリーに長くいるほど、マイペースなやつでもねえしな。元々アネスもそうだったんだが、レザークが補習とテストでいい点取って、先にクラスワンに行っちまった。アネスに関しては根本的なものが抜けちまったってのが一番でかい……」

 ルビーシャは再度、心配そうにアネスの方を眺めた。

 アネスが食事を口へ運んでいると、そこへある生徒が近づいてきた。

 一人の女子と二人の男子だった。女子生徒がアネスにこう話しかけた。

「また今夜よろしくお願いいたしますわ、アネス様……」

「わかってるよ、ラナイア。でも、その様っていうのは……」とアネスは敬称を嫌がる素振りを見せるが、

「あなたの償いになるというなら、わたくしたちも協力しますわ。このままクラススリーにいたままでは、お祖父様に顔向けできませんもの」

 深緑の髪をツインテイルにしたクラススリーの女子生徒ラナイアは、曇りがかった顔でそう言った。

 深い色合いの緑の髪はくせっ毛で、二重の瞳は同じく濃い緑色の眉毛をしていた。暗い表情が今度はアネスに尊敬の念を込めたような視線を注ぐ。

 遠くから見ていたルビーシャには、それがアネスへの自分と似通った腹積もりにも見え、どうしてかもぐもぐと昼食を食べる速さが上がった。

 一方のアネスは乙女の心情などそっちのけで、コップの水を一口飲んでから、

「ラナイアたちも、偉大な家名を背負っていて大変だね。でも僕が言い出したことだから。君たちは悪くないさ。もし何かあれば……」

 ラナイアの両側にいた二人の男子が何度も頷く。猫背のメノンと、長身のガナスたちはラナイアのお付きだった。二人は順に声を発した。

「ああ、責任はアネス様が負うってことでしたよね?」

「ありがたいです。アネス様!」

 アネスが首肯すると、ラナイアたちは食器を乗せたトレイを持って、下膳口の方へ行ってしまった。

 食堂内の騒がしさをかい潜るように、ルビーシャにはその会話が聞き取れてしまった。ルビーシャもラナイアたちがクラススリーに移動してからその存在を知っていた。中等部からずっとクラススリーだったラナイアたち三人は、モンドルスという姓で、祖父の時代からヘキサージェンとして一線で活躍してきた家系らしいが、ラナイアの成績は一向に下降線を辿ったままだった。

 ルビーシャは食器の方へ視線を落とした。

 面倒見の良さがアネスにはあり、それが長所でもあった。時にそれがトラブルへと発展してしまうこともある。

 アネスとラナイアたちはどういう関係か知らないルビーシャは、あれこれ思いあぐねるのだった。

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