第二章 アネスの償い③
「金持ちも実力のうちだよ! っていうか元々あんたの実力よりあちしの方が上だからしかるべき場所にいるの!」
「何がしかるべき場所よ! なんならここで一度あんたをぶっ飛ばして見せようか?」
「上等だゴルア……このチビーユがっ」
「小せえのはお互い様だろお……。コミュールう!」
ルビーシャとミュールは互いに睨み合った。二人は本来の愛嬌ある顔つきとはかけはなれた
「俺のミュールを馬鹿にすんじゃねえ!」
ゴンダが眼光を打ち付け合うミュールとルビーシャの間に入ろうとした。
「おい、デカマル!」
憤怒の情をさらけ出したデカマルことゴンダに、ウォルゴが剣呑な雰囲気を放ち両手を丸め込んで、パキパキと鳴らす。
「俺のダチにいちゃもんつける気か?」
ああ⁉ ゴンダの目が鋭く光る。ウォルゴはさらに言葉を継ぎ足す。
「椅子は椅子らしく、そこで四つん這いにでもなってろ!」
「うるせえ! だが、そうでなければミュールの椅子にはなれんし……。仕方がない」
巨躯が四つん這いになると、ウォルゴのしかめ面はさらに不快の意を込めたように歪んだ。
「こいつ、馬鹿か⁉」
「あんたもあちしの椅子に座ることを許可してあげる。ほらここ、ここ!」
アネスの腰の辺りを指差してミュールはルビーシャに勧めるが栗毛のショートボブは反論する。
「なあにが許可よ! アネス、あんたも何で言われるがままなの?」
ミュールと言い合い、ルビーシャはアネスを問い詰めた。アネスは特段弱まった声色でもなく、しれっと言って見せた。
「これも罪滅ぼしなんだ……」
「何か履き違えてるぞ?」
そこに教室の入り口で嗄れた声が室内に放たれた。
その声の主に教室内の空気が変わった。
アネスの背に腰かけていたミュールは起立し、ゴンダもそれを真似る。アネスも立ち上がって、ルビーシャとウォルゴを含めた一同は浅く頭を垂れた。
アネスはそっとその声の主へ視線を向けた。
「いつも気苦労が絶えないだろう、アネスくん……」
優しくも威厳を保った雰囲気。老齢のその人物は銀髪の裾を刈り上げ、前髪も短い。目の下や頬に刻まれたしわは戦傷のようにも見える。
戦傷――、そう形容することは少し大袈裟かもしれないが、ヘキサージェンという術者の世界では伝説とも呼べるべきほどの歴戦の雄であり強さを誇ると言われるこの訓導は、ダイガンという特別講師で、現役のヘキサージェンだった。
周囲の生徒が囁き合う。
「ダイガン先生だ……」「またアネスの特訓かな……」「いいなあ、アネスの奴……」
「償いをやり遂げるのは難しい。自分の中で満足しても、相手のことを考えれば、あるいは相手がどう思っているかによって、償い方も変わってくるからね。終わりはないのかもしれない。だからといって終始、自己犠牲を貫けば償いになるかというとそうでもない」
訓導としての忠告だった。しかしその声色には強かなものは感じない。穏やかにアネスを諭すようだった。
「す、すみません、先生……」
「今朝のやるべきことは済んだのかなアネスくん?」
ダイガンの言にアネスはうつむき加減で短く返答した。表情を見るのが怖く、うつ向いてしまったのだ。
ダイガンは大楊に頷いて、溌剌と言うのだった。
「では、次は私との特訓だ。いいね?」
校舎区画の中庭にダイガンとやってきた。
「今日も朝から解放の練習だ。君が本領発揮すれば、ヘキサージェンの世界では即戦力となり得るからな」
「買い被りすぎですよ先生……」
照れているわけでもなく、謙遜しているわけでもない。そういった感情や言動は控えるべきだと、アネスはこの一年意識してきた。
「君はまだ気づいていないだけだ」
中庭の中央まで歩きながら話していた二人は、そこに立つ銅像を見上げた。
ヘキサージェンの始祖と言われた、ジョクス・オンガムという人物の銅像だった。長いあごひげと、太い眉に後ろで結われた長髪、虚空へ向かって指をさすその勇壮さは、アネスのみならずこの学校の生徒の敬うべき存在だった。
「ジョクス様は仰った。人は自然界の力を含有した、自然と同じ生き物であると。それはヘキサ・シンという六つの力を内包しているからだという。脚が地、腹が水、胸が火、顔が風、頭が空、心が識……。六つの力は人を顕しているともいわれているが、体の各部位がその力を有しているという話ではないのは、君もわかっているだろう。ジョクス様が仰りたいのは人も自然と同じく、雄大で果てしない生命を宿している、ということだ。君はそれらの力を失ったと自らを見限っているようだが……」
ダイガンは軽く頭を振り、
「そんなことはない。自信を失っただとか、罪の代償だとか君は言うだろうが、人は皆同じヘキサ・シンという力を持った尊い存在だ。だからこそ他人や自分を大事にしていく……。友誼を深めていく……。そこに優劣や浅深、上も下もない。人が自由を謳うのならばそう見極めることが大切だ。だが、それがわからないのも人と言える。結果過ちを犯す……。それすらも誰もが成し得る可能性を秘めている。だからこそ平等でもあるのだろう……」
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