第25話  とにかくおかしい ① 

 脳外科病棟で働く私、宮脇咲良は、急に師長さんにナースステーションに集まるように言われて、その場で説明を受けることになったのですが、本当に、本当に信じられない事態に陥ったわけです。


「岡田遥香さんが亡くなったというのは本当に悲しい出来事ではありますが、噂にあるように、岡田さんが耳鼻科の重岡先生と交際していたという事実はないとお聞きしています」


 はい?人が死んでいるのに一番最初に来る話がそれなの?


「重岡先生には八月にご結婚される予定の方もおりますし、岡田さんから仕事の悩みなど相談を受ける事はあっても、交際するというような事はなかったと仰っています」


 はあ?夜勤で呼び出してやってはいけないことをやっていたのは重岡先生だよね?


「大切な仲間が自ら命を断つという悲しい事がありましたが、私たちは私たちで守らなければならない命があるのです。私は師長として、岡田さんのご両親や関係各所に連絡をしなければならないので、病棟を不在にする事も多いと思います。ご了承ください!!」


 ナースステーションに集められた日勤勤務の看護師は、その後、副師長さんから寮で生活している岡田遥香が遺体で発見された事、警察も来て遺体は運び出されることになったこと。


 今は事故と自殺の両方で捜査をする事になるが、自殺が濃厚と考えられている事などが説明された。


「あの!!岡田さんは耳鼻科の重岡さんと交際していたと本人からも聞いていたんですけれども、重岡先生が理由ってこともあると思うんですけど!」


 と、私が発言したわけだけど、山岡師長さんは、日勤勤務の看護師全てを前にして、


「宮脇さん!!余計なことは言わないでちょうだい!!」

と、ヒステリックに叫んだわけですよ。


「重岡先生が岡田さんを殺したのなら別だけど、今のこの状況だったら、遺書が残されてもいない限り、何で自殺したのかも分からないし、全てはうやむやになって終わると思うわよ」

 後ろの方で、先輩看護師さんが言っている言葉が聞こえてきました。


「結局、遊ばれただけでしょ?」

「それでも自殺って、どうしてそんな事になっちゃったんだろう」

「昨日、岡田さん、社員食堂で重岡先生と食事とってなかった?」

「だから、それも相談を受けてたとか、そんな形で話をおさめる予定なんでしょう?」


「宮脇さん!」


 師長さんは私の名前を呼ぶと、

「同期の仲間が亡くなってショックなのは分かります!宮脇さんだけでなく私たちだってショックを受けているんです!!ですが、これ以上、余計な事を言うのはやめてちょうだい!」

 と、言ってぷりぷり怒りながらナースステーションから出て行ったのだった。



「人が一人死んでいるのに、仕方がないで終わるのってどうなんですかねぇ?だって相手、教授の娘と結婚するの決まってるんだから、完全に弄ばれて捨てられたわけでしょう?それ以上は何も言うなって雰囲気で〜でも黙ってられなくて〜それで山岡師長さんにカルテ投げつけられたりして〜」


 なんとかかんとか日勤業務を終えた私は、定時になると病棟から追い出されるようにして外に出されたんだけど、鉄串先輩は、そんな私が誘拐だか、自殺だか、他殺だか、とにかく死んでるんじゃないかと恐れて、わざわざ病棟まで様子を見に来てくれたらしい。


 先輩は、更衣室で着替えを終えた私を引っ張るようにして連行すると、困り果てた様子で私を見下ろした。


「酷い話は分かったから、もう泣くのはやめてくれないか?」

「でも・・でもお〜」


「348番のお客様―〜」


 ドライブスルーでハンバーガーのセットを購入した先輩は、そのまま道路には向かわずに広めの駐車場の方へと向かっていくと車を停車させ、紙袋からジュース、ポテト、ハンバーガーを次々出していきます。


 ひたすら号泣している私を連れ歩くのは危険だと判断した先輩は、ドライブスルーの利用を選んだわけです。


 先輩は甲斐甲斐しく私にハンバーガーを渡しながら言い出した。


「午前中にさ、放射線科まで脳外科の新人が日勤に来ない、行方不明になったみたいな噂が流れて来たんだよね」

「行方不明?」


「他の入院病棟にも行方不明になった、もしかしたら誘拐かもっていう感じで噂が広がっていてさ」

 行方不明と誘拐?暗号か何かなのだろうか?


「脳外科病棟に行っても、忙しいから誰も介助につけないって師長さんが言ってくるし、誰からも話を聞けずに午後に放射線科に戻ったら、行方不明じゃなくて死んでいた、自殺していたって話が流れてさ。田野倉さんが、お前が自殺したんじゃないかとかシャレにならないことを言い出すから、こっちも生きた心地がしなくって」


「あああ、それで鬼電、鬼ラインだったんですね」


「だって、田野倉さんが、俺が理由でお前が虐められていたって知っていて、その所為で死んだんじゃねえかとか言い出すからさ」


 そうなんですよ。新人として病院で働くようになった私ですけど、何故だかあっという間に一緒に働く看護師さんたちのヘイト値が急上昇しちゃって、お昼なんかこれみよがしに一人で放置されるし(いや、楽だからいいんですけど)同期が他にも居るのに私だけ当たりがキツかったりしたんですよ。


 理由が私の不徳の致すところ・・と思っていたから仕方ないで諦めていたんですけど、実は鉄串先輩と私が仲が良い(ように見えた)ことが起因しているらしくって?本当に、本当に!!意味がわかんないですよね!!!


「そうですか!!単純に後輩を心配しての鬼電、鬼ラインじゃなく、自分の保身を!!考えての!!鬼電、鬼ラインだったんですね」


 鉄串先輩は相変わらずのクソだった。

 顔だけ先輩は中身が最悪なのだ。

「俺は本当にお前の事を心配してたの!」

 と言いつつ、世間体を心配していたんでしょうよ!


「そもそもさ、お前の同期は本当に、重岡先生と交際していたわけ?」


「先輩もそこを疑うんですか?私と準夜勤中に岡田遥香は、重岡医師に差し入れに行くって言って出て行って、1時間後に明らかに事後って感じで帰って来たんですよ!付き合っているのに決まっているじゃないですか!」


「準夜勤務中に?マジでありえるー〜」

「そこはありえないーー!って発言が続くんじゃないんですか?」


 鉄串先輩が言うのには、放射線科で夜勤に入っている時に、一階の外来診療フロアの診察室の方から、あられもない声が聞こえてくる事がたまにあるらしい。


「夜の病院は盛ってるバカが多いから夜中はモラルが消失状態なんだよな〜」


「外来フロアの診察室ってことは、日中に患者さんが寝そべっている診察台を使っているってことでしょう?アルコール消毒はきちんとしているんでしょうか?」


「気になるのはそこか?俺は出した液をどこに捨てたのかが気にかかるけどな」

 外来診療室がイカ臭かったら、流石に引くか?いやいやいや・・


「と・・とにかく!!私の同期の岡田遥香が重岡医師に弄ばれて自殺したのは間違い無いことなんですけど!!」

「師長さんのその反応を見るに、重岡先生は何一つ責められる事なく、本院に戻って、八月には教授の娘と結婚だな」


 あっさりと先輩はそう言うと、ハンバーガーにかぶりついたのだった。




     *************************



 これはホラー作品『チャンネル』にも書いていることなんですけど、実際に私がむかーしむかしに病院に勤めている時に、医者に弄ばれて自殺してしまった看護師さんがおりまして、私は違う病棟だったんですけど『行方不明かも』『誘拐かも』『何処にいるのか分からない』なんていう情報が全然関係ない病棟にまで流れて来た結果、自殺。弄んでいた方のお医者様が半年後にお偉いさんの娘と結婚するし、本院に戻るってことで別れを切り出されての〜ということだったんですね。


 お偉いさん(教授?医局長?忘れたけれども)の娘と結婚って!!その話を聞いた時には白い巨塔か!!と思いましたけれども、あの時のなんとも言えない変な空気は凄かったです。後に、他にも自殺〜の話はたまに耳にしていたので、みんな!!お医者さんに捨てられても死ぬのはやめよう!!と、声を大にして言いたいです。

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