管理人、蕀
クロノヒョウ
第1話
俺は自分の居場所を探していた。
なんとなく見ていた求人サイトで見つけた住み込みのアルバイト。
それがこのバラ園にある洋館の管理人だった。
面接を受け、あっさりと採用されたのには俺の特殊な能力が役に立ったからだ。
俺には人には視えないモノが視える。
「このバラ園では昔から不思議なことがたくさん起きているの。だから皆怖がってすぐに辞めちゃうのよ」
面接官がそう言った。
「大丈夫です。俺はそういうのは慣れてますから」
「だったら助かるわ。仕事は簡単よ。この洋館の清掃と管理をしながらただここに住んでくれればいいの。お庭は庭師がいるからあなたは何もしなくていいわ」
「わかりました」
「えっと、名前は
「もちろんです。よろしくお願いします」
「よろしくね」
という訳で、俺はこのバラ園にある洋館の管理人となったのだった。
俺にとっては願ってもない話しだった。
いろいろなモノが視えるせいでいつも人には気味悪がられていた。
三日前に別れた彼女もそうだった。
彼女にしてみれば、部屋の何もない空間に向かって俺がひとりで喋っているのだから、それは異様な光景だったに違いない。
彼女にならと事情を話してみたものの、明らかに俺を見る彼女の眼差しは変わった。
彼女に別れを告げさせるのも気の毒になった俺は自分から別れを告げ家を出た。
大学に行く気も失せ、漫喫で現実逃避していた俺にとって、このバイトは感謝以外の何ものでもなかった。
三階建ての大きな洋館の一室を住居として使うことになり、すぐに荷物整理も終わった。
さすがに夜になるとこの広い敷地内にたった一人はあまりにも静かで落ち着かなかった。
十時になり、一日の最後の見回りへと外に出た。
懐中電灯を手に門の鍵が閉まっているのを確認する。
後はバラの庭園を通って洋館に戻るだけだ。
ちょうど明日からこのバラ園は一般開放されることになっていた。
美しく咲いているバラは暗闇の中でも綺麗だと思った。
「おい……おい……」
ここに来た時から気付いていた。
バラの木の横におっさんが立っていたのは。
いや、おっさんだけじゃない。
面接官が言っていただけあって、この庭には霊や変な化け物がうようよいた。
気付かないフリをしていたが、どうやらそれも限界のようだった。
「おいってば。視えてんだろ? オレたちのこと」
「なんだよ。視えてるしちゃんと聴こえてるよ」
俺はおっさんと目を合わせた。
「おい……お前もしかして蕀か?」
「は? 何でおっさんが俺の名前知ってんだよ」
「そりゃお前、オレたちの間では有名だぜ。何でも話を聞いてくれる蕀と言えばよ」
「へえ。俺はただ会話が出来るってだけだ。何の役にも立てねえぞ」
「それでいいんだよ。誰かにただ話を聞いてもらいたい。そういう時もあるだろう?」
「で? 何を聞いてほしいんだよ。ていうか、何なんだよこのバラ園。なんでこんなに霊がうようよいるんだ?」
「さあな。オレがここに来た時は洋館の中の婆さんだけだったぜ。それがどんどん増えてって、いつの間にかこんなになっちまった」
「あの婆さんか。ずっと暖炉の前に座ってたな。話してみるか」
「それは無理だな」
「なんでだよ」
「あの婆さんは喋らねえ。話しかけてもニコニコ笑ってるだけだ。ボケてんだろうよ」
「なんだよ。じゃあここに一番長く居るのはおっさんかよ」
「そうだ」
「なのに何もわかんねえの?」
「ああ。自分がここに居る理由もわかんねえ。こいつらもみんなそうだ」
「何かの力が働いてるってことか」
「おそらくな。だから蕀に調べてほしい」
「だから俺は何もできないって言ったろ。おっさんたちを成仏させるとか無理だって」
「違う、オレたちのことじゃない。知りたいのはバラのことだ」
「バラ?」
「ああ、バラの花だ。オレはバラが何かを隠しているんじゃないかと思ってる」
「バラねえ……」
確かに言われてみればバラは昔から不思議と人々を魅了している。
「まあ、時間はたっぷりあるし、様子を見ながらそれとなく探ってみるよ」
「おう。頼んだぞ蕀」
おっさんと別れ洋館に戻った。
早速俺は一般人が入れない三階の奥にある書庫へと向かった。
「これか……」
たくさんの本や資料がある本棚から俺は分厚いファイルを手に取った。
歴代の洋館の所有者の記録を記した物だ。
「まずはこれから見てみるか」
書庫を出ようとした時に中央のテーブルの引き出しが開いているのが目に入った。
おかしいぞ。
昼間ここに来た時は引き出しなんて開いてなかったはずだ。
俺はそっと引き出しの中を覗いた。
そこには「バラ園未解決事件」と書かれたノートが入っていた。
胸騒ぎと共にそのノートを持って自分の部屋へと戻った。
長い一日が終わり、ベッドに寝転んで天井を見つめた。
どうやらこれから忙しくなりそうだと感じた夜だった。
管理人、蕀 クロノヒョウ @kurono-hyo
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