第25話 フラグは回避したいんです

「レティシア!」


 突然承諾したことに驚いたのか、レティシアには優しいレオナルドが声を荒げた。


(……ごめんよお父様。面倒臭い大人を相手するより、よっぽどマシだと思うんです。まあ大丈夫! 下手に好感度上がらない様に上手く立ち回ってみせます! 娘を信じて下さいお父様!)


 念を込めてレオナルドに微笑みかけた。ユリウスも心配そうに見つめているので、レティシアは笑いかけた。


「お兄様、私は大丈夫です。私が席を外す間、お兄様も領主様方とお話をされてはいかがでしょう? とても有意義な時間となると思いますわ」


(押し付けてごめんだけど、コイツらの相手しといてお願い!)


 束の間見つめ合う。思いが通じたのか、ユリウスは諦めた様に微笑み返した。


「……そうだね。折角の機会。私も色々勉強させて頂くのも良い事だね。レティシアがご子息と話をしている間、そうさせて頂こうかな」


「ユリウス、お前まで何を……」

「良いとも良いとも! 確かに君も公爵の一員である事は確か。若者の君に、我々が助言の一つでも語ろうではないか! レオナルド、お前とも会うのは久しぶりなんだ。思う存分語り合おうではないか? なあ?」


 アトラスは立ち上がると、レオナルドとユリウスにソファーに座る様促して来た。

 近づいて来たアトラスは、レティシアに向かって微笑んだ。


「では、まず私の息子のアルバートと話をしてくると良い。アルバート、レティシア嬢と庭にでも散策して来なさい」

「待て、外に出るだと? そのまま連れ去るつもりではないだろうな」

「ご安心ください。アームストロング公爵レオナルド閣下」


 アルバートは立ち上がると、こちらに向かって微笑んだ。


「私が責任を持ってエスコートさせて頂きます。無論、無理矢理連れ去るなど、暴挙に走る様な愚かな事は致しません。ディスティニー家初代カイリ・ディスティニーの名に誓って、お約束致します」


 初代の名に誓う。


 それは公爵にとって、その名に誓うと言う事は絶対的な意味となる。

 流石のレオナルドも押し黙るしかない。


「庭も結界の管轄内。何も問題ないだろう。この際私も初代の名に誓おうではないか。ライト公爵初代アシング・ライトの名に誓い、この祝儀の場においてレティシア嬢に手荒な真似はしない。……これでレオナルドの憂いは晴れただろう?」

「そうね、私も誓いましょう。ロゴス公爵初代アウド・ロゴスの名に誓って、レティシアちゃんが今日一日有意義に過ごして貰えるよう、努める事を誓うわ」

「勿論私もだ。初代の名に誓って交友を深めている間、レティシア嬢に手出しはしない。さあ二人共、行って来なさい」


 アルバートはレティシアに近づいて笑いかけると、恭しく右手を差し出した。


「では、参りましょうか。レティシア嬢」

「……はい。宜しくお願いします、アルバート様」


(まだ少し幼さの残る美顔…だけど、油断は禁物……! 好感度上げない様に気を付けつつ、アームストロングの名を汚さない様に振る舞わなければ……ああ、結局めんどくさい……けど頑張ろう!)


 気を引き締め直すと、差し出された手に手を乗せた。


「……五分だ。五分で戻って来い」

「アルバート令息、レティシアを宜しく頼みます」


 機嫌が悪い事この上ない声でレオナルドは告げる。ユリウスも温和な声だが、瞳は敵意剥き出しだ。


 アルバートは笑顔で応答すると、レティシアの手を引いて歩み出した。

 ディスティニー公爵の領域であろう扉を開く。


「どうぞ、マイレディ」

「恐れ入ります」


(これから庭の散策か……。……あれ? こーいうシチュエーション。何かゲームっぽくない……?)


 もしかしたらこの子達は、乙女ゲームの攻略対象なのかも知れない、という可能性。


(あわわ……わ、忘れてたーー!!)

 

 今更ながらに気が付き、内心てんやわんやになりながらディスティニー公爵の区域に足を踏み入れた。





 部屋の中に入ると、そこはレティシア達が通って来たアームストロングのステンドグラスの部屋と同じ造りだった。ただ中央に立つ銅像だけが違っていた。


 アルバートに連れられ銅像の正面に回る。


 レティシアは銅像を見上げた。ルイス像と比べてジャンル違いの美青年が、剣ではなく槍を掲げていた。


「こちらの方が、ディスティニー公爵初代カイリ・ディスティニー閣下であらせられるのですね」

「ああそうだ」


 少し口調が変わったアルバートを見た。先程見せていた畏まった顔ではなく、年相応の子供っぽい笑顔を見せた。


「初めて公爵の大人達に絡まれて緊張しただろう? 今は私と二人きりだ。楽にしてもらって良い。改めてアルバートだ。宜しくレティシア嬢」


 さり気ない気遣いに、レティシアは自然な笑顔を浮かべた。


「お気遣い、ありがとうございます。アルバート様」

「あ、ああ。……そうだ。庭に見事な薔薇園があるんだ。そこを見に行かないか?」

「はい。喜んで」


(……好感度上げたくないけど、この世界がもしゲームの世界で、テンプレな強制力か何かで好感度が低すぎて強制的に嫌われて、何かの断罪や暗殺系バッドエンドルートに入ったらマジで嫌だし! しかも、これまた攻略対象かもしれない他の嫡子達の相手もしなくちゃいけない。……これは中々難易度高い……!)


 再びアルバートにエスコートされながら、レオナルドとユリウスに適当にあしらって貰って、ニコニコ終始笑って終われば良かった。と自分の軽率な行動に、レティシアは激しく後悔した。

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