第20話 早いもので気が付けば十歳でした

 あれから魔術の勉強ではなく、シンリーやセバスによるマナーレッスンに勤しむ日々が続いた。

 そのお陰で外面のスキルは大いに上がった。

 公爵家内で猫を被る事はないので、今のところ出番はないが。


 実はそれとは別に、皆に隠れて魔力の底上げに挑戦し続けていた。


 地味で目立たない魔法を、魔力が底を切るギリギリ迄、毎日使い続けるというもの。


 魔力を酷使すると、魔力量が僅かに増える事に気が付いたレティシアは、就寝時間に合わせて魔力切れのタイミングを図り、毎日失神する様に眠った。

 本当に地味だが、魔力切れの感覚はなかなかに辛かった。


 膨大な魔力を持つのに、何故そんな事をするのか。



 ぶっちゃけ暇だったからである。



 マナーレッスンは貴族特有のもので苦手ではあるが、元々成人した会社員だったのだ。勉強や礼儀作法など最低限の知識はそもそも備わっている。

 しかもレティシアの脳がハイスペックなのか、一度ですんなり覚えてしまう。


 今も勉強やレッスンは続いているが、はっきり言うと、つまらないのだ。


 なので、その時間を有効活用する為に、よくあるテンプレ魔力チートを。魔力インフィニティを極めようと、今に至る。


 どれ程魔力が上がっているのかはよく分からないが、こういう地味でルーティンな努力は苦手ではない。前世では元々インドア派で、RPGのレベル上げは得意中の得意だった。



 もう習慣化と化し、気が付いたら十歳になっていた。……早いね。



 最近のレティシアは、ルシータに稽古を付けてもらおうかとさえ思っていたが、何とルシータがご懐妊したのだ。近々出産予定で、既にお腹はパンパンだ。


 妊娠したと始め聞いた時は大層驚いたが、ユリウスが養子となり、だいぶ慣れた頃にこんなやり取りがあった事を思い出した。




[回想]



「ユリウスもすっかり公爵家に慣れた事だし、そろそろ新しい家族をこさえないとなぁ? レオ!!」


「シッ、シータ! こっ子供の前で何を言う! そう言う事は……二人きりのときに、言うべきであってだな……」(ブツブツ)


 レオナルドが珍しく顔を赤らめて、何やらゴニョゴニョ言っている。


(何故だろう。いつもかっこいいお父様が、乙女に見える。そしてお母様は、美人なおっさんだ)



[回想終わり]




 ……というやり取りが、だいぶ前にあった。思い出したら色々納得した。


「ユリウス兄様。赤ちゃんは男の子か女の子かどちらかしらね? まあどちらでも、生まれて来るのは天使である事は、間違い無いのだけど」


 優雅に紅茶を飲むレティシア。最近はお淑やかの練習の為に、少しはお嬢様らしく振る舞うようにしている。

 そのせいもあって、レティシアをよく知らない者が見れば、近寄り難い高嶺の花的な存在に見える事だろう。


 まだ少女の幼さを残してはいるが、レティシアは更に美しく成長していた。


「そうだね。まあ僕はどちらでも、無事生まれて来てくれさえしたら、それでいいよ」


 ユリウスは少女と見間違える可愛らしさは影を潜め、美少年から、凛々しさを持ち合わせた美青年へと変貌途中だ。身長も伸びて、体つきも少し逞しさを感じる。



「それにしても、レティ」


 カップを置いたレティシアの手に、ユリウスの指が触れる。


「僕と二人きりの時は、いつものレティでいて欲しいな。他人行儀でいられるのは、辛い」


 さり気なく、指を絡ましてくる。


(……何だか、最近。スキンシップが、過剰に大胆にエロチックになって来ている気がするのですけど?! 私の気のせいですか? お兄様ー?!)


 という内面の動揺を隠しつつ、レティシアは首を傾げた。


「他人行儀だなんて。私はただ、令嬢としての振る舞いを……」

「レティ」


 左手の指でレティシアの指を絡ませながら、右手の、長くて綺麗な人差し指が伸びて来て、レティシアの唇が優しく押される。

 甘くてどこか扇情的な眼差しで、レティシアを見つめる。


「お願いだから」

「!! わっ分かったからー!!」


 ばふんっ、という副音声が付きそうな程、一瞬で顔が真っ赤になったのが分かる。

 絡まった指を慌てて外し、自分の唇に触れている指を、両手で押し返した。


「っもう! 折角練習してるんだから、いっつも邪魔しないでよ兄様!!」

「僕は、いつものレティが好きなんだ。そんな澄ましたレティは、似合わないよ。それに」


 レティシアの唇に触れていた指を頬に当て、テーブルに肘を付いて、ニッコリと微笑んだ。


「練習なんかしなくても、他の奴等きぞくに、レティが会わなければいいんだよ。アームストロング家に、ずっと居ればそれで良いと思うんだ」

「だ・か・ら! いい加減それも限界だと思うの! 私だって、もう十歳よ? 社交界デビューしててもおかしくない…というか、十歳に魔力測定で社交界デビューするって聞いたけど!?」

「そうだったかな」

「もう!! 兄様、既に社交界デビューしてるじゃない!! 来年には魔術学園に行っちゃうし。……学園寮で過ごさないと、いけないんでしょう? ……いつまでも兄様に甘えてる場合では、ないと思うの」


 ユリウスは魔力測定の後、アームストロング領土内にて無事社交界デビューを果たしていた。


 最初、レティシアは内心かなり心配だった。


 公爵家の一員になったとは言え、『元平民』と言う変なレッテルを貼られないか。

 上手く貴族として、溶け込めるのか。とか。



 まあ蓋を開けて見れば、心配してた全てを余裕で覆されてた訳だけど。


 今では美しい容姿と教養、人望などが相まって、女性貴族達の心を鷲掴みだとか何とか。


「確かに、来年から四年もレティに会えなくと考えると、今から気が狂いそうになる。だから、会えなくなる分、もっと甘えて欲しいんだよ? そうだ、レティは僕の事『ユーリ』って呼んでくれて構わないよ? まあ、今みたいに二人きりの時だけ、だけど」


(……敬愛する兄が、フェロモン垂れ流しで困ってます。一体どうしたらいいのでしょう……?! 鼻血を出さない方法、誰か教えて下さい!!)


「う、うう……。私だって寂しいよ…? ユ、ユーリ兄様……」


 鼻血が出ない様、少し鼻に力を入れつつ、初めての愛妾呼びに顔が赤くなる。


 そんなレティシアを見ていたユリウスは、額に手を当て少し俯いた。ユリウスも何やら顔が赤い。


「……レティが可愛すぎて辛い……。やっぱり、学園通うの辞めようかな……」


(冗談がキツイです、お兄様!!)



 本格的に色々キャパオーバー寸前で、部屋の扉がノックされた。


 ユリウスは少し掠れた声で、応答した。


「ユリウス様、旦那様がお呼びです。レティシア様もご一緒に、との事です」


 ユリウスの側近であるデュオの声で、甘い空気が薄れた。レティシアは内心ホッとした。


「……そうか、分かった。……レティ、行こうか?」


 ユリウスは席から立ち上がると、当たり前のようにレティシアに手を差し出す。


「はい。ユリウス兄様」


 レティシアも当たり前にその手を取って立ち上がったと同時に、ユリウスの手がレティシアの腰に回り、強く引き寄せられた。


 そして耳元で囁かれる。


「話はまた後でね? レティ。……後、これから二人きりの時はユーリ、だからね?」

「は、はひゅぃ!」


(……来年から暫く会えないからって、ユリウス兄様の部屋に入り浸るのは、今後控えよう……心臓保ちません……)

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