第13話 僕の天使(ユリウス視点)

 初めてその子を見た時、森から人間の世界に迷い込んだ妖精かと思った。


 滑らかで柔らかそうな髪は金と緑のコントラストが不思議な位にとてもキラキラ綺麗に輝いていて。

 白くて小さな顔に、大きくて綺麗な両眼が特に印象的だった。エメラルドとアメジストの瞳。オッドアイなんて初めて見た。


 僕は最初直視する事が出来なかった。

 その子はあまりにも綺麗で、それでいてとても可愛らしかったから。


 でも、美しいのは外見だけじゃなかったんだ。




 僕はつい最近まで両親と幸せに暮らしてた。でも、ある日突然父さんが死んだとギルドから聞かされた。

 ダンジョン内で事故に巻き込まれて命を落としたらしい。

 遺体はなかった。ダンジョン内で死んだ場合、遺体を連れ帰る事は稀なのは知っていたけど、そのせいで父さんが死んだと信じる事が暫く出来なかった。


 父さんの死を知らされてから元々身体の弱かった母さんは、その日を境にどんどん弱っていった。

 母さんからの手紙が途絶えた事で心配したルシータさんが様子を見に来てくれたその日に、亡くなった。

 まるで父さんの後を追うかの様に。


 母さんは亡くなる直前、ルシータさんに僕を頼むと言った。僕にはごめんなさいと言い残して。


 僕はひとりぼっちになった。



 ルシータさんは懸命に僕を慰めてくれた。ルシータさんも悲しかったし、辛かったんだろうと思う。でもその時の僕は自分の事しか考えれていなかったんだ。


 ルシータさんは母さんを村の墓地に埋葬してくれて、僕を母さんの実家であるラシュリアータ辺境伯の屋敷まで連れて行ってくれた。


 初めて会う母さんのお兄さん。でも、僕の顔を見た瞬間、顔を歪ませた。

 平民の子供を屋敷に入れるなとルシータさんに怒ったんだ。平民の子なのだから、孤児院に入れるのが当然だと怒鳴った。


 辺境伯となったこの人にとって、母さんはただの平民だった。



 その後は大変だった。ルシータさんがその言葉に逆上して大暴れしたからだ。

 あまりにも強いルシータさんを誰も止める事が出来ず、急遽ルシータさんの夫であるアームストロング公爵が呼び出された。


 公爵様に助けを求めるなど本来なら有り得ない事なのは僕にも分かったけど、あのルシータさんを止めれるのは多分凄く強い冒険者だった父さん位だ。


 あのままだと屋敷が全壊しそうだったから、仕方が無かったのだろう。


 知らせを受けた公爵様は直ぐに駆けつけてくださった。多分高度な転移魔法か高価な転移石を使ったのだろう。流石はアトランス公国を統括する公爵の一つであるアームストロング公爵だと思った。


 ルシータさんは公爵様によって、あっという間に落ち着きを取り戻した。


 事情を聞いた公爵様は、詳細を話し合う為に辺境伯の屋敷に泊まる羽目になった。

 僕はこれ以上ここに居たくなかったが、僕も泊まざるを得なかった。



 次の日の朝、ルシータさんと公爵様が僕に言ったんだ。


 家族になろうって。


 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 戸惑う僕に公爵様は笑いかけてくださった。『もう大丈夫だ』と。


 そう言われて初めて、両親が亡くなってから出なくなっていた涙が溢れた。



 アームストロング公爵には子供が一人いるのだと言う。名をレティシア。

 美しい容姿に生まれて、その上心優しく育った娘が常に心配だと言う。どうやらかなりの過保護でいらっしゃる様だ。

 僕に娘を兄として守ってやって欲しいと頼まれた。

 僕はただ頷くことしか出来なかった。


 そうしてレティシアと出会った。


 公爵様のおっしゃっていた言葉に、嘘は一つもなかった。




 レティシアは会って間もないのに僕をとても気遣ってくれた。小さな手で僕を引っ張って公爵の屋敷を案内してくれた。

 三歳とは思えない程にしっかりとしていて。なんでも聞いてくれて。


 だからなのか、僕は気が付いたらレティシアに暴言を吐いてしまっていた。心の底に追いやっていた感情が一気に溢れてしまった。


 今でも悔やんでも悔やみきれない。


 レティシアは僕を引っ叩いた。怒って当然だとと思ったけど、そうじゃなかった。


 僕の為に怒って、僕に本当の家族になって欲しいって言ってくれたんだ。


 僕はすごく嬉しかった。


『バカチン』の意味はよく分からないけど、聡明なレティシアの事だ。多分古代の言葉か何かなのだろう。

 陰で聞いていたのであろうランディさんにもそう言われた。


 直ぐにちゃんと謝りに行こうとしたのだけど、ランディさんに止められた。『暫くそっとしてやれ』と。


 暫くすると庭からレティシアを抱いたシンリーさんが戻ってきた。泣き疲れて眠ってしまったらしい。

 泣き腫らしたのか少し瞼を赤く腫らして眠るレティシアの姿に、胸が張り裂けそうになった。

 レティシアは、何も悪くないのに。


 その後自分に宛てがわれた部屋でどう謝ろうかと悩んでいると、シンリーさんがレティシアが目を覚ましたと知らせに来てくれた。

 昼食を一緒に取りたいとレティシアは言ってくれているらしく、食事の前に仲直りしたらどうかとシンリーさんは提案してくれた。

 僕はその提案に飛びつく様に頷いた。


 レティシアの部屋に行って謝ったらレティシアも同時に謝ってきた。謝る事なんて何もないのに。


 僕は、正直にありのままの気持ちをレティシアに伝えた。

 すると、レティシアは嬉しそうに『どう致しまして』と言ってくれたんだ。


 妖精は天使だった。




 それから僕らは本当の兄妹の様に仲良くなった。何をするにも後を付いてくるレティシアが愛おしくて堪らなかった。


 レティシアには誰よりも幸せになってほしい。


 でも……それ以上の気持ちが芽生え始めるのに、時間はかからなかった。


 願うならこのままずっと、……今以上に、そばに居て欲しいと思ってしまうんだ。


 叶わない願いだけれど。それでも、思い続けることは許して欲しい。



 大好きだよ。



 僕の……レティ

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