第10話 義兄の心境は複雑なんですね

「……よろしく……」


 ユリウスは少し赤らめた顔を俯き加減に、呟くように答えた。


(ユリウス兄様の顔が赤い。もしかして名前噛んだのそんなに面白かった?!)


 舌足らずで辿々しくも懸命に気持ちを込めて伝えたのだ。第一印象は多分大丈夫だと信じたい。


「よしよし! 二人共! 挨拶は済んだ事だし早速朝食にしよう!! ユリウスはレティの隣に座るが良い!!」


「うん…いえ、はい」

「わたちのおとなりどうじょ」


 レティシアは小走りにユリウスが座る椅子の笠木をポンポンと叩いた。打ち解けるまではあざとい線で行こうと考えた末の行為である。


「うん…ありがとう…ございます」

「にいたま、ごじゃーますいらにゃいよ?『あいがと』だよ!」

「……ありがとう」


 レティシアとユリウスが着席すると、給仕達が朝食を運んでくる。大皿から取り分けられた、朝食にしては豪華な食事がテーブルに並んだ。


「では食べようか。『いただきます』」

「ああ! 『いただきます』!」

「いただきまーしゅ」

「いっい…ただき…ます…?」


 レオナルド達の馴染みのない掛け声にユリウスは少し戸惑っている。レティシアはユリウスに笑いかけた。


「『いただきましゅ』はね、つくってくりぇたひとやたべもにょにかんしゃすることばだよ! 」

「レティが言い出したのだが、とても素晴らしい言葉だと思ってな。私達もそれに習うことにしたのだ。食事の後には『ご馳走様』だ。これも作り手に感謝する言葉らしい」

「私もなかなか思慮深い言葉だと感心したよ!! 食事を作る者への感謝。剰え食材にまで感謝するとは! この掛け声を始めてから私は、改めて食のありがたみを感じる様になったんだ!!」

「そうだな。私も同意見だ」


 以前に前世の癖で言ってしまったのだが、意味を伝えると思い掛けず好評となった。使用人達にも浸透し、アームストロング公爵での食事に掛け声は当たり前になっている。


「そうなんだ。じゃあ僕も…『いただきます』」

「どうじょめしあがりぇー!」


 公爵家のご飯は本当に美味しいのだ。

 レティシアは早速、キッシュのようなパイを何とかフォークに刺すと口一杯に頬張った。

 サクッとした食感の後に、卵や炒められた野菜の甘さが口に広がる。正にキッシュの味だ。


「おいしー! ね、にいたまもたべてみて! しゅごくおいしーよ!」


 レティシアの声に、なかなか朝食に手を出していなかったユリウスも口に運ぶ。


「! うん、すごく美味しい」

「でしょ!」


 一品一品食べてみてはユリウスに薦める。そうするとユリウスも少し緊張が抜けたようで食が進んでいる。


 二人の微笑ましいやり取りにレオナルドとルシータは柔らかい笑顔だ。


「うんうん! まるで以前からの兄妹のようだ!!」

「そうだな。二人共、いっぱい食べなさい」

「はーい!」

「……はい」


 家族四人の初めての食事はとても穏やかに進んだ。

 きっと良い思い出として皆の記憶に残るだろうとレティシアは思った。




 ***




 朝食の後レティシアはユリウスに屋敷の案内を買って出た。仲良し作戦その一、『兄との距離を縮めよう作戦』である。


 ……思考回路まで幼児化している気がしたが、気にしない様にしよう。


 公爵の屋敷はとにかく広い。シンリーと、一時的にユリウスの世話役となったランディをお供に引き連れ、レティシアは子供の自分達がよく使うであろう部屋だけを選んで案内した。


「そりぇで、ここがわたちのへやです! なかどうじょ!」

「へ? お嬢。中まで案内するのか?」

「ランディさん、お嬢、ではなくお嬢様です。……レティシア様、今日はここまでにして少し休憩になさいませんか? 本日はとても天気が宜しゅうございます。お庭へ行ってみては如何でしょう。飲み物をご用意致します」

「う、うん。わかったー」


(家族になったとはいえ、男の子を部屋に入れるのは流石にまずいのかな?)


 仲良くなりたいとしても、今日初対面だった相手に対して少し勇み足になっていたのかもしれない。シンリーの提案に乗ることにした。


 綺麗に整備された庭を望めるテラスに案内され、レティシアとユリウスは勧められるままテラス席に座った。給仕がジュースを運んで来てくれて丸いテーブルに置かれる。

 礼を言うレティシアに倣う様にユリウスも軽くお辞儀をした。


「レティシア様、ユリウス様、私共は奥に控えておりますので、お二人で暫くご歓談をお楽しみ下さいませ」

「お嬢…さま、坊ちゃん、どうぞごゆっくりー」


 いきなり二人きりにされてしまった。

 内心どうしようかと混乱しかけたが、一気に仲良くなるチャンスでもある。レティシアは一口ジュースを飲むと、ユリウスに話しかけた。


「ユリリュシュ…ユ・リ・ウ・シュにいたま、ごめんなしゃい。いりょいりょいろいろちゅれまわちてつれまわして……ちゅかれてないでしゅか?」

「ちゅれまわち…ああ連れ回すね…。それは大丈夫。僕も色々見て回りたかったから。別に気にしなくて良いよ。それより、レティシア様」

「『レティシアたま』じゃなくてレティシアでしゅ。いもーとにけいしょーけいしょうはいらないでしょ?」

「……敬称なんて言葉よく知っているね。君、本当に三歳?」


 まずい。また幼児っぽくない事を言ってしまった。


「……こみみにはしゃんだだけでしゅ。わたちはれっきとしたしゃんしゃいさんさいでしゅ」

「……ふうん。まあ良いけど。それよりもレティシアさ…。…レティシア。君は僕が兄として養子になる事に本当に反対しなかったの?」

「はんたいしなかたでしゅよ? どうちてそんなこときくのでしゅか?」

「……母が元貴族だからと言っても父は平民。平民として育った僕が、公爵の子供としてやっていけるなんて到底思えない。とてもじゃないが務まる気がしない。迷惑を掛けるだけだ」

「しょんなこと…「だってそうだろう?」…え?」


 今までずっと感情を抑えていた反動なのだろう。鋭い眼でレティシアを睨むと声を荒げた。


「公爵家が元平民の子を養子にするだなんて公爵家の格に傷が付くだけじゃないか! ルシータ様は僕が妹の子供だから公爵様に無理を言って養子にしたんだ! 君だって本当は元平民の兄なんて嫌だろ!? ……本当は僕だって断るつもりだったんだ。孤児院に行っても良かったのに……!」


 激情のままに言葉を口にしたユリウスは俯いて震えている。


「同情で家族になんかなれるもんか……」


 レティシアは何も言わず、ただユリウスを見つめた。


 暫くして少し落ち着いたのか、ぼそりと呟いた。


「……ごめん言い過ぎた」

「いいたいことはしょれだけでしゅか?」

「え?」


 レティシアは椅子から降りると、ユリウスの隣に立った。

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