バタフライ・ログ

バタフライエフェクト

メモリア・モルフォ「その翅が蒼く煌めくまで」

 戦場に立つんだもの。いつだって覚悟は出来てるわ。

 だけど、お生憎様ね。そう簡単にアタシはホイホイ死んでいられないの。


 救世の歌姫、なんて肩書はどうでもいいわ。

 それは結果論でしかないもの。誰がなんと言おうと、これはエゴ。


 だから、アタシは歌うの。いつだって声を張り上げて、

 何度も告げる言葉うたは、ただ一つ。





 ───────!!



 ▽



「モルフォちゃァーん!モルフォちゃァー-ん!!」


 マネージャーの声が、施設に響く。

 そんなに大声じゃなくても、アタシはここにいるわよ。

 作詞の手を止めて、椅子ごと向き直る。


「モルフォちゃンっ!貴方、まァた夜更かししてるのねッ!もう深夜の3時よ!」

 時計を見ると、針はとっくに深夜を示していた。まあ、いつものことね。


「次のライブの歌詞、まだ決まってないのよ。文句あるかしら、マネージャー」

「夜更かしはおハダに悪いのよッ!アイドルなら体調管理はしっかりなさい!」


 マネージャーはソレイユ。夜には弱いハズ……なのだけれど。

 前に聞いたときは「オカマぢから全開よッ!!」で済まされたわね。


「体調管理は大事ね。アイドルたるもの、ちゃんと寝るときは寝ないと万全で歌えないわ」

「そォうよ! モルフォちゃン。アナタはもっと大舞台で輝ける才能があるわンッ!そのために────」

「でも」


 ぴしゃり。とマネージャーの唇をつまんで静かにさせる。


「そのライブ、今日よ。開催まであと半日もないわ」


 納期は置いてきたわ。アイツはこの戦いにはついてこれなかった。

 いいわね?


「よくないわよンッ!!」

 マネージャーがアタシの指を振り切って、喋り直し始める。


「モルフォちゃン。アナタはまだ一般アイドル」

「パンピー地下アイドルたちとそう変わらない、数いるアイドルの一人」


「だけど、アタシはアナタの中に光を見たのッ! アナタは必ず、蛹から蝶になれるわンッ!!」

「だからこれは忠告よン。今日は寝なさい。歌詞はまた起きてからでいいわッ」


 真剣な瞳で、こっちを見据えてくる。

 ……はぁ。


「わかった、わかったわよ。今は寝て、起きてからのアタシに託すわ」


「それでいいのよ、モルフォちゃン。一回寝たほうが、頭もさっぱりするわッ」


 明日。もう今日かしら。

 次のライブは、ハーヴェス王国の公民館。

 新曲は、残す作業は歌詞だけ。


 ……最悪、アドリブで歌おうかしら。明日のアタシがなんとかするでしょ。



 ▽



「モルフォちゃンッ!!!モルフォちゃンッ!!!起きなさいッ!!!」

 いつもの様子と違う、焦ったようなマネージャーの一喝。

 耳に届いたと同時に、すぐさま頭を切り替えて、目を覚ます。


「……何かあったのね。その様子だけでわかるわ」

 身支度を一瞬で済ませて、マネージャーの元に駆け寄る。


「緊急事態よ。王国に向けて、蛮族の軍が大進行してるわッ!!」

「分かったわ」


 冒険者セットを手にとる。


「モルフォちゃンッッッ!!!!」


 マネージャーの叫び声が轟く。心配しなくても、分かってるわよ。


「身の安全を確保が最優先って言いたいのね。マネージャー」

「そうよ。逃げるわよ。既に一般市民の避難は始まってるわッ」

「ええ、そうね。マネージャーは行きなさい。アタシは──」


 走りだそうとした手を、強く掴まれた。


「……モルフォちゃん」

「なによ。アタシがしたいことは、分かってるでしょ」

「分かってるわ。…アナタ、莫迦よ。大莫迦。だって」


 マネージャーの瞳が、アタシを捉える。


「わざわざライブ衣装を着て」

「その姿で戦場に行くつもりなのね」


「そうよ」


「防護点なんて何もない、ただの華美なだけの衣装」

「無論、死にに行くつもりはないわ。生きて帰ってくるつもりよ」


 マネージャーも、アタシも、分かってる。

 これは、今日やるはずだったライブの穴埋め。

 ただの無謀で、無鉄砲な、自己満足。

 それでも。


「それでも」

アイドルアタシが歌を届けずに、誰が皆を鼓舞するのかしら」


 アタシの瞳は揺らがずに、強くマネージャーを見据える。


 短い、だけど長い一瞬を経て。マネージャーはため息をつく。

「……ハァ。仕方ないわ。だったら、モルフォちゃン」

「何かしら」


「好きなだけ歌ってきなさい。

 ここで死ぬなんてヤワな逸材じゃないことは、アタシが一番よく知ってるものッ」


 当然よ。


「ライブの邪魔をされたんだもの」

「だったら、そのライブでお返ししてやるのは、道理よね?」


 指揮棒フィスタロッサムを片手に、走り出す。

 向かうべき先は、血みどろ溢れる戦場。


 戦場には似つかわしくない服装のアタシを見た傭兵たちが、驚愕の表情を浮かべる。

 今の戦況は、蛮族側が若干優勢。だけど、だけれども。


 分かってるわ。アタシが伝えるべき言葉、かけるべき言葉うた


 歌詞なんて即興でいい。

 大切なのは、思い。意思。


 息を大きく吸い込んで、傷ついた傭兵たちへ回復魔法をかけながら。

 眼前には、蛮族。


 さあ、覚悟しなさい。アタシ。もう後戻りなんてできないわよ。


 とびっきりの覚悟を込めて、思いっきり、思いっっっきり、叫ぶ。





「───────!!」


 歌姫伝説は、ここから始まるのよ。

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