09話.[喜んだのだった]

「え、お兄ちゃんがうじうじしていて前に進めないから助けてほしいって?」

「はい、いい加減になんとかしないと余裕がないので和音さんに協力してもらいたいんです」

「お兄ちゃんならあそこでむしゃむしゃご飯を食べているけど……」

「情けないんですよ、ヘタレなんですよ、私がこれだけ露骨にアピールをしていても抱きしめることすらしてこないんですよ? 喧嘩をしているときのお父さんだって喜人先輩よりも行動できますよ」


 後輩に自由に言われていても兄はむしゃむしゃとご飯を食べているだけだった、が、無限というわけではないから「ごちそうさま」と言って立ち上がると流しへお皿を持って行く。

 そこからは彼女のところに戻ってきて色々言い訳をするんだろうなあと考えていた自分、でも、兄はまた椅子に座り直しただけだった。


「お、お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「あ、あなたのことを好きでいる女の子があそこにいるんだけど、見えない?」


 自分で聞いておきながらあれだけどアホかと、広いリビングではないからほとんど正面にいるのに見えないわけがない。

 いやまあ彼女が幽霊ということならこの聞き方でも合っているけどさ、さすがにどうなのと自分で自分にツッコミたくなった。


「見えるぞ、でも、いまは口をきかないようにしているからな」

「どうして?」

「俺が拗ねているからだ! 自由に言われてヘコんでいるんだよ!」


 えぇ、なんでそこで自信満々な顔をしてしまうのか、あの子もあの子で「はははっ」などと笑ってしまっているし……。


「あの後輩は俺に厳しいんだ、俺だって色々と我慢をしているだけなのにまるで勇気がなくて動けていないような発言をしてくる」

「いや、相手であるあの子からしたらそう見えるんじゃない? たまには漢なところを見せないと」


 うん、漢らしいってなんだろう、どうすればそれに該当するのかが分からないからこのことはもう言わない。


「……妹も厳しいな、やっと高校生活が終わるというところでなんか異様に厳しくされているんだよな」

「僕はともかくこの子は優しさの塊でしょ、お兄ちゃんが勇気を出せなくても不満を抱いていてもずっとこうしていてくれているんだから」

「うっ、なんかそう聞いたらかなり申し訳ないことをしている気分になってきた、こうなったら迷惑をかけるだけだから他の男子に――」

「そういうのはいいので積極的にきてください! ほら行きましょう!」


 あ、行っちゃった。

 ま、どうせすぐに目の前でいちゃいちゃしてくれるだけだっただろうから一人でゆっくりできることを喜んだのだった。

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