07話.[どうだろうねー]
「おはよう」
「……え、瀬野さん? なんで出原さんのお家にいるの?」
「それは我慢できなかったからよ、ちなみに柚莉愛はもう起きていて下にいるわ」
起こしてくれればよかったのになんで一人で行ってしまったのだろうか、勢いで泊めてしまったことを後悔しているということなら申し訳ない気持ちになってくる。
「もう大丈夫だからこれからは一緒に過ごしましょう」
「もしかして出原さんといるのを禁止にするとか……言ったりする?」
「いえ、前みたいに一緒に過ごしたいというだけよ」
「よかった」
本当によかった、だって本人に直接言われて一緒にいられなくなるよりも複雑だから仕方がない。
「むかつくわね」
「え」
「そこでほっとしたような顔をされるのはむかつくわ」
いや、どういう顔をしているのかは分からないけどそういう顔になってもなんらおかしくはないと思う、初めて強く一緒にいたいと思った子のこととなればなおさらそういうことになる。
でも、そうやって言おうものならもっと怖くなりそうだったからなにも言えずに固まっていると「なに和音を苛めているの」と救世主がやって来てくれた。
「まったく、大晦日にしようと言ったのに急に来るものだから美森の分までご飯を用意しなければならなくなったじゃん」
「あなたが十鳥さんを独占するからじゃない」
「違いますー、和音が私と選んで来てくれているんですー」
喧嘩をしてほしくはないから三人で一階に移動することにした、そこで一旦別れて洗面所を使わせてもらうことにする。
タオルも歯ブラシも持ってきているからそこまで気にせずに使えるというのが大きい、後ろで腕を組んで立っている瀬野さんが気になるけど気にせずに続けた。
もし先輩が存在せず、あのまま瀬野さんとも一緒にいられたらどうなっていたのだろうか、出原さんとも関われていたわけだからいまと変わっていなかったのかな。
「十鳥さん、今回のこれはどっちから言い出したの?」
「出原さんかな、昨日の放課後に家に来てくれて一緒に過ごしてくれるという話になったんだ、あ、お泊りの件も出原さんだよ」
「あの見たことがないうさぎのぬいぐるみ、あれはあなたがプレゼントしたものよね?」
「うん、クリスマスにお友達と過ごせるのは初めてだったからなにか物を贈りたかったんだ」
「なるほど、教えてくれてありがとう、終わったみたいだし柚莉愛のところに行きましょうか」
頷いて付いていくとソファに座って昨日の僕みたいに天井を見ている出原さんがいた、彼女が近づいたことによってやめていたけど黙っていると違う子に見えてくる。
ご両親とのそれよりもこの二人の仲がどうなのかが気になり始める、でも、残念ながら直接聞けるような勇気はない、少なくともいまの瀬野さんがいるところでは無理だった。
「ご飯はもうできたよ、食べる?」
「ええ、柚莉愛が作ったご飯は美味しいから食べさせてもらうわ」
「よし、じゃあ手伝ってよ、和音は椅子に座っておいて」
「あ、うん」
名前で呼び合っているぐらいだから余計なお世話というやつだろうか。
「はい手を合わせてー、それじゃあいただきます」
「「いただきます」」
うん、出来合いの物もいいけど誰かが作ってくれた温かいご飯というのも最高だ。
ちょっと悔しい気持ちなんかもあるものの、いちいちそんなことを口にしたりはしない。
でも、家に帰ったら少しずつ手伝っていこうと決めた、遊んだ分、課題をやることも忘れないようにしなければならない。
「柚莉愛、十鳥さんを独占しないでちょうだい、要求はそれだけよ」
「気にせずに近づけばいいじゃん」
「ええ、行かせてもらうわ」
お世辞ではなく美味しいと言ってもらえるようなご飯を作れるようになりたいな、お菓子とかは一生作れなくてもいいからご飯ぐらいは作れるようになりたい。
あとは……あ、お買い物なんかも任されるようになれば母がお仕事が終わった後にスーパーに寄る必要もなくなる、そこにご飯作りも加われば母は家に帰ったらゆっくり休むことができるわけだから頑張りたい。
「ま、和音がどうするのかだけどね、それ次第では独占みたいになっちゃうわけだ」
「十鳥さんが動いた結果なら仕方がないわ」
「なんか変なところでは大人だよね」
「物じゃないもの、それに無理やり抑えようとしたところで余計に離れてしまうだけだわ」
ふぅ、ご飯のことに集中するふりをして微妙な雰囲気から意識を逸らしていたわけだけどなんとかなったみたいだ。
そういうのをやるなら本人がいないところでやってもらいたい、僕に聞かせたところでメリットもないしやりづらいだろう。
「和音さんと呼んでもいいかしら」
「和音でいいよ」
「私のことは美森でいいし、あの子のことは柚莉愛でいいわ、仲良くやっていきましょう」
「うん」
勝手な想像というか願望みたいなものだけど今度はよほどのことがない限り、ずっと一緒にいてくれるような気がした。
「ちょいちょい、なんで勝手に私の方も許可しているんだい?」
「どうせそのつもりだった――いえ、本当は呼んでもらいたいけど自分からは言い出せずにもやもやしていたのでしょう? だからしてあげたの」
「はぁ、分かられているって場合によっては面倒くさいことになるなぁ……」
仲のいい二人の間に入っていいのかという考えが一瞬出てきたものの、本人がこう言ってくれているのだから大丈夫だと片付けたのだった。
「なんか暑いわね、和音は大丈夫?」
「暑いなら暖房の温度を下げても大丈夫だよ、僕の家では使っていないから暖房が効いているだけで贅沢なわけだし」
寒さには強いからなんなら切ってしまってもいいぐらいだった、が、彼女のお部屋だから任せるしかない。
まあ、こちらのことを気にしなくてもいいというのは楽なのではないだろうか。
「でも、下げると寒いのよね……」
「はは、寂しがり屋で寒がりさんなんだ」
「寂しがり屋はあなたでしょう? 少し構ってもらえなかったからって私は泣いたりはしないわよ」
うっ、なんで二人はずっとこのことを言ってくるのだろうか、言葉で叩いても僕からはなにも出ないから得はないというのに……。
「い、いきなり出ちゃったんだから仕方がないでしょ」
「ふふ、それならそういうことにしておきましょうか」
まあいいや、今日の分はやりきったから休ませてもらおう。
ワンちゃんはいつものようにすやすやしているから触れることはできない、起こしたら可哀想だから触れるためであれば午前中に行かなければ駄目だ。
ただ、午前中に行くとお昼を迎えたときにお腹が空いてしまうからそれを避けるために午後から集まる約束をすることになる。
「うぷ、お腹を枕として使っちゃ駄目だよ」
「私もあなたに甘えたいのよ」
「柚莉愛が甘えてくれたことなんてないけどね、僕が一方的に甘えちゃっているだけだもん」
だから恥ずかしいところを見たくて両肩を掴んだわけだけど、残念ながら見ることは叶わなかった。
多分この先もそこは変わらない、僕が一方的に甘えたり恥ずかしいところを晒して終わるだけだ。
「それを拒まないなんてあの子らしくないわ、まあ、今日は断ったことでここにいないわけだけど」
「美森がいるのに意外だよね、苦手とか言って構ってもらおうとしたのも不器用って感じがする」
「あの子と私はそこまでの関係じゃないわよ、本人にも聞いただろうけど苦手なところもあるというところね」
もう今日は頑なに「無理」とだけしか言っていなかった、○○があるから無理と言ってくれればすんなり諦められるのに無理とだけしか言ってこないからしつこく聞いてしまった形となる。
そういうのもあってここへ来てから一時間ぐらいはもやもやしていたものの、寝ているワンちゃんなんかを見てなんとかしたというのが先程までの話だ。
「美森? あ、寝ちゃっているのか……」
いいか、特にやりたいこととかもないからこっちも寝ることにしよう。
暖かいお部屋の中で寝るということは全くしないから新鮮だった、だから割りとすぐに寝たと思う。
ただ、目を開けたときに美森と楽しそうにお喋りをしている柚莉愛を見て微妙な気分になったけどね。
「あれだけ頑なに貫いて受け入れてくれなかったのに美森に誘われたらすぐに来ちゃうんだ」
「誘われたのは本当のことだけど十五時までは家にいなければならなかったからだよ、お母さんから荷物を受け取るように言われていたんだ」
「ふーん、どうだか」
「嘘をついても仕方がないでしょ、まだ信じられないということなら私のお母さんと直接話す?」
さて、そろそろ片付けて帰るとしようか。
邪魔者にはなりたくないから家でゆっくりすればいい、課題もある程度は終わらせたからだらだらできるのもいい。
「それじゃあ邪魔者になりたくないので帰ります、美森、今日はありがとう」
「ええ、気をつけて」
「うん、ありがとう」
突っ立っていた柚莉愛にはべーと舌を出してから瀬野家をあとにした。
不満を抱いてそれを抑え込んで帰るということはできていないけど空気を読んで行動できる点はいいと思う。
「ただいま――」
「ひゃっ、ま、まだそういうのは駄目ですよっ」
兄がついにやらかしたか!? と一瞬内で盛り上がったものの、兄に限ってそういう点でやらかすわけがないから邪魔をせずに部屋に移動する。
先程まで寝ていたのにベッドに寝転んで目を閉じると凄く気持ちがよかった、ベッドはやはり最強だ。
分かりやすく美森を優先する柚莉愛は放っておいて残りの時間は全部家で過ごそうと決めた。
お手伝いをするときにだけ外に出ればいい、それだけで太る心配をする必要はなかった。
「急にやる気満々でどうしたの?」
「いやほら、お父さんのためにも動きたいけどほとんど一緒にいられないからそれならいつもいてくれるお母さんにぐらいはという考えで動いていてね」
「そうなのね、じゃあ廊下を奇麗にしてきてほしいの」
「了解っ」
高校に入ってからは雑巾がけをしていないからなかなかに新鮮だった、ただ、音を立てずにやるのは僕では無理だった。
それでも調子よく頑張っていたときのこと、つるっと滑って危うく顎を強打しそうになったけどなんとか回避する。
お掃除で怪我をするなんて馬鹿らしいから次は気をつけようと動き出そうとしたときのこと、背中に誰かが乗って動けなくなった。
「掃除なんて偉い――」
「お母さん不審者がいる!」
やばいよやばい、仮に扉がなにかのミスで開いていたとしても入ってくるとかやばいだろう。
これはこの家のボスに知らせた方がいいということで大きな声を出した、あまり大声は出さない方だからこれも新鮮だった。
「大きな声を出してどうしたのよ? あら、柚莉愛ちゃんじゃない、いらっしゃい」
「お邪魔していますっ」
あれぇ? なんで母と楽しそうに話しているのか、まだ一回も話したことがなかったはずなのにどうなっているのだ……。
とりあえず母が来てくれたことによってどいてくれたから再開したけど、喋っている二人が気になって集中できなかった。
どこまで彼女は僕の邪魔をするのか、美森を見習ってほしいと思う。
「和音、もう掃除はいいから柚莉愛ちゃんの相手をしなさい」
「は、はーい」
「それじゃあゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
細かいことを気にしても疲れるだけだと分かっているくせにいちいち気になってしまうというのが残念なところだった。
だって彼女は最初からこんな感じで、あくまで彼女らしくいるだけなのだから驚く必要なんかない。
毎回失敗してから冷静になっているから今度からは驚いたりする前に冷静になりたいところだ。
「ねえ和音、この前嫉妬したでしょ」
「嫉妬じゃなくて空気を読んで帰っただけだよ」
「それなのにべーとかしたりするの?」
「お菓子とジュースを持ってくるから待ってて」
上がる前に一緒に持ってくればよかった、こういうところも次は気をつけよう。
「どいてくれないと取りに行けないんだけど」
「認めるまでどかない」
「じゃあお菓子はいいか、ま、適当に過ごして――きゃ!?」
彼女はほとんどこちらを投げ飛ばすようにベッドに倒してから「からかいたいわけじゃないんだよ、でも、私は和音じゃなくて本当のところは分からないからちゃんと教えて?」と重ねてきた。
……今日はこの前と違って真っ直ぐに目を見られなくて逸らそうとしたけど無理やり頬に触れられて無理になった。
「……あれだけ誘っても来てくれなかったのに美森と楽しそうに話しているところを見て微妙な気分になりましたっ、はいこれでいい!?」
「素直に言えて偉い、いい子いい子」
「……なんでちゃんと言ってくれなかったの、そうすれば変なことを気にせずに柚莉愛とだって過ごせたのに……」
「一緒に行けないことにむかついたからだよ、あ、和音が悪いというわけじゃないけどね」
ちゃんと言った後もどいてくれたりはしなかったものの、やはり今日は見られなくて目を閉じた。
「おや、もしかしてキス待ちかい?」
「違う、今日は顔を見られないというだけ」
「ふふ、和音の中で私の存在がかなり大きくなっているみたいだね、それこそ同性とかどうでもよくなっているのかもしれない」
「えっ、これってそういうのなのっ?」
上半身を起こしたことで危うくぶつかりそうになったけど彼女が上手く動いてくれた、が、彼女はまた僕を倒してから「さあ? 私は和音じゃないから分からないよ、だけどここは――うん、ドキドキしているから可能性は高いかもね、にしし」と。
「胸がなかったから確認しやすかったでしょ」
「いや……え、ここでそういう反応になるものなの?」
「って、ばか! なに簡単に胸に耳なんて当てちゃっているのさ!」
「ははは、やっぱりなんかずれているんだよなぁ」
標準ぐらいにはある彼女からされたから余計にダメージを受けた、なんで僕の胸だけこんなに小さいのだ……。
前にも言ったようにちゃんと寝ているし食べているしポンコツ寄りでも運動だってしてきたのに残念すぎる、努力をしていても駄目なのに他の子はチートを使っているのだろうか? それともみんな誰かに揉まれた経験があるとかだろうか……。
「よいしょっと、ま、あまりにぐいぐいやっていくと和音が混乱しちゃうだろうからゆっくりやっていくよ」
「で、本当にそうなのかな?」
「それは私が帰った後にでもいっぱい考えてよ、ちなみに私は同性でもいけちゃうから好意を抱いたとしても百パーセント上手くいかない恋にはならないよ」
いやそれはあくまで同性もいけるというだけで僕のことをそういう目で見られるという情報ではない、なので、このメンタルで信じて自信満々に行動できるわけがなかった。
ただ、ここで口にするということはゼロではないのではないかと期待している自分もいる、だけど……。
「無理はしないでほしい、どうせいまだってたくさん我慢をしたうえで一緒にいてくれているんでしょ?」
「どうだろうねー」
どうだろうねーってそれこそ自分のことで分かっているのだからはっきりと言ってくれればいいのに、彼女にだって選ぶ権利があるのだから変な人間に勘違いされる前にそうしておくべきだ。
一瞬でも悲しそうな顔を見たくないということであっても同じだ、曖昧な態度で過ごし続けるのは優しさとは言わないと思う。
「すんすん、なんか本人よりも匂いが強い気がする」
「いまはふざける場面じゃないでしょ」
き、気になったとしても言わないのが大人の対応というやつではないのかっ、いまので一気に不安になってきてしまった。
実は体臭に問題があるということになったら、それに気づかずいままで過ごしてきたということなら顔が青くなる自信がある。
基本的に一人とはいっても教室では一緒に過ごしてきたわけだし、他者と話す機会だってそれなりにあった、それだというのにもしそうだったのであれば叫びたくなってしまう。
「いやこれ強いって、まさか家で過ごしているときはずっとここに寝転んでいるんじゃないでしょうね」
「なにその口調……、ベッドは大好きだけどずっとここにはいないよ、リビングのソファに寝転んで過ごすことが多いかな」
「えぇ、結局ぐうたら娘だってことじゃん、活動範囲が部屋からリビングまでとか狭すぎだよ」
い、いいから早くベッドから下りてほしかった、それから「冗談だよ」と言って笑ってほしかった。
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