第十八話 歓待の宴
「お館様、用意がよすぎるように思うのですが」
世話役のメイドを断って部屋の外に出してから、メイリンが小声で囁いた。その姿にロッティが眼を細めている。成長を喜んでいるのだろう。
「心配ない。スラハドルに俺たちを害する意図はないさ。宴で毒を盛られることもないだろう」
「な、何故です!?」
「メイリン、お館様へのその物言いは……」
「ロッティ、構わんよ。メイリン、俺たちの訪問は予定されていたか?」
「門兵にはそう言うようにとのご指示でしたが、予定されていたとは存じませんでした」
「当然だ。予定などしてなかった。俺たちはな」
「はい?」
「では、前にミューポリシの国王は俺がやってくると思っているって言ったのを覚えているか?」
「はい……あっ! つまり向こうはお館様の来訪を予定していた、ということでしょうか」
「そうだ」
「ですが、それと毒は盛られないと仰られた繋がりが分かりません」
「スラハドル陛下はお館様をそこそこ正しく恐れているからですよ、メイリン」
「ロッティお姉様、それはどういう意味でしょう?」
これから攻め込もうとしている相手の国王がアポなしで突然やってきたら、普通は追い返すものだ。それどころか礼を失しているとして、攻め込む理由の一つに侮辱されたなどと付け加えることも出来る。
しかしミューポリシの王は、どうやら彼を過小評価していないようなのだ。おそらく竜殺しと聞いて、眉唾などと軽く扱わなかったのだろう。その結果が、わざわざ国王本人の出迎えと歓待の宴の開催である。
さすがに魔法国アルタミラとレイブンクロー大帝国の戦争のことまでは、海の向こうの出来事なので知らないだろう。しかし少なくとも竜殺しの件や、テヘローナ帝国敗北の件についてはある程度正しく分析しているのではないだろうか。
そう考えると、せっかくやってきたイルドネシアの艦隊を着岸させず、沖合いに停泊させたままなのも合点がいく。ミューポリシの兵が兵舎に籠もって出てこないというのも然りだ。
「つまり、姑息な手段でお館様を害するのは不可能と覚っているということです」
「なるほど。それならお聞きした賠償金の件も、警備隊長と門兵、門兵頭の処刑の件も納得出来ました。要はお館様に早く帰ってもらいたいと……も、申し訳ございません! 失言を……」
「構わん。その通りだ。だから今夜の宴で少々揺さぶってやろうと思ってる」
「私たちにご指示はございますか?」
「イズナ、お前たちは俺の傍から離れなければ料理を楽しんでくれて構わん。ただし酒は口にするな」
「「「はい!」」」
「それと急ごしらえの宴だろうから、中にはバカな貴族がいるかも知れん」
「バカな貴族ですか?」
「三人とも見目がいいからな。酔って絡んでくる頭のおかしいのがいるってことだ。容姿に優劣をつけるつもりはないが特にイズナ」
「は、はい?」
「お前は年齢の近い令息に気をつけろ。一人や二人は必ず言い寄ってくるだろう」
「逆に籠絡して情報を得る手もあるかと」
「そんなバカが持ってる情報などわざわざ聞き出すまでもない」
「確かに……では私はお館様のお傍を離れないようにします」
「メイリンは十人隊長に任ぜられたとはいえまだ未熟だ。ロッティについて学べるだけ学べ」
「はっ!」
それから間もなく宴が始まるとのことで、四人は案内役のメイドに連れられて城の大ホールへと向かった。
◆◇◆◇
「ロッティ殿、イズナさんをダンスにお誘いしたいのですが」
「なにを言う! 初めは私だ! ロッティ殿、どうかこの私めにイズナさんと踊るご許可を」
「なりません! イズナさん、どうぞこちらへ。無粋な者たちから私が守って差し上げます」
案の定、いわゆる貴族のボンボンたちはイズナの取り合いを始めた。彼らがロッティに許可を得ようとしているのは、優弥に話しかけるのは身分的に不敬に当たるからである。
そこで婚約者でありながら上司に当たるロッティに願い出ているというわけだ。それでも分別ある親がいる場合は、首根っこを掴んで自身の子を連れ去っていく。もちろん優弥に対しては低頭平身を忘れない。
しかし大多数の招待客は知っていた。今夜の主賓が明日の敵であることを。だからこそ、この低俗なやり取りを冷めた目で見ていたのである。
「ハセミ陛下、我が臣下がお恥ずかしいことを」
「なに、イズナは本国でも引く手数多だ。このようなことは慣れている。そうだな、イズナ」
「お館様の仰せの通りにございます」
「しかしその若さと美しさでハセミ陛下の護衛を務められるとは、相当の手練れとお見受け致します」
「私はお飾りに過ぎません。お館様の御身を真にお護りなさるのは、そちらのロッティ様にございます」
「確かハセミ陛下とご婚約をなされておいでとか」
「ほう、その情報をどこで?」
「お館様、先ほどの挨拶で私をご紹介下さった時に、ご自身で申されていたではありませんか」
「そうだったか。いや、余も忘れっぽくなったものだ」
もちろん芝居である。そんな重要なことを忘れるわけがない。
「ロッティ、先ほど申していたこと、スラハドル殿に聞いてみてはどうだ?」
「おや、何かお困り事でも?」
「いえ、困り事ではないのですが、お願いがあるのです」
「未来のハセミ陛下の奥方様のご要望でしたら、可能な限りお応えすることを誓いましょう」
「ありがとうございます。では、明日は港の見学をしたいと思いまして。使用人の方にお取り次ぎをお願いしても色よいお返事が頂けませんでしたので」
「あ、私も見たいです!」
「イズナ、今はロッティとスラハドル殿が話している。割り込むではない」
「申し訳ありません」
「スラハドル殿、いかがだろうか。未来の妻と、イズナも望んでいるのだ。叶えてはもらえまいか」
「港の見学……ですか?」
「何か不都合がございますでしょうか?」
「じ、実は現在港は大変危険なのです。それで出入りを禁じておりまして……」
「危険? 余なら力になれると思うぞ」
「いえ、いかな竜殺しのハセミ陛下とて、アレには勝てますまいと……」
「アレ? アレとはなんだ?」
「か、かか、海竜にございます。それは巨大で……」
「なんだ、海竜か。あれなら討伐したことがあるから問題ない」
「えっ!?」
「しかし確か海竜は北の海に棲む魔物のはずだが、ミューポリシの沿岸にも出現したというのか。これは問題だな」
「いえ、その……」
「よし、明日は海竜討伐といこう」
「お、お待ち下さい!」
「心配するな。それとも北の海竜は生きた魔物だったが、こちらの海竜は鉄の魔物とでも言うのか?」
「ま、まさか陛下は……?」
「スラハドル殿、貴殿の罪は未遂だ。余がその罪を犯さずに済むようにしてやろう」
「わ、私の罪とは……」
「中立義務違反。このまま挙兵すると言うなら余がこの国を滅ぼす。だが明日、我らを港に導けば違反は未遂に終わり貴殿が裁かれることもない」
「スラハドル陛下、お館様に従われた方が御身のためと存じます」
「余が元テヘローナ帝国皇后を許すことはない。それとも竜殺しに逆らってみるか?」
「分かりました……明日、港にご案内致します」
「よき判断だ。ミューポリシが今後も中立国として栄えることを祈るとしよう」
その後、歓待の宴は滞りなく続くのだった。
――あとがき――
次話は明後日7/11(火)更新予定です。
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