第九章 結婚式

第一話 初任務

 魔法国から帰還して、優弥はウォーレンに土産を渡した。


「私にもお土産ですか。ありがとうございます」

「ウォーレンにしてみれば故郷の物だから珍しくも何ともないだろうけど」


「いえいえ、こういう物は頂けるだけで嬉しいのですよ。ほう、これはアルタミラでは有名な魔力回復効果のある枕ですな。デザインも落ち着いていてセンスがいい」

「ん? そうか」


「ええ。早速今夜から使わせて頂きます」

「ああ……」

(おかしい、いつもの嫌みったらしい一言がない)


「閣下、どうかなされましたか?」

「い、いや、別に……」


「ソフィア様とポーラ様にもお礼を申し上げなければいけませんね」

「へ?」


「一緒に選んで下さったのですよね?」

「あ、えーと……」


「閣下、様子がおかしいようですが、どこかお体の具合でもお悪いのですか?」

「だ、大丈夫。大丈夫なんだけど……」


 とうとう彼は居たたまれなくなり、選んだのはソフィアとポーラの二人であることを白状した。それを聞いたウォーレンが大笑いしたのは言うまでもないだろう。


「いくら私でも、純粋な好意をけなしたりはしませんよ」


 結局この領主代行には、さすがの竜殺しも敵わなかったようである。


 そんなことがあってからしばらくして十二月に入り、辺りは一面雪景色へと装いを新たにしていた。魔法国アルタミラの漁港からの転送ゲートも、領主邸の庭に造った三メートル四方の囲いに開通済みである。不思議なことにその囲いの上には雪は積もらないし、中の水も凍らない。


 なお、すでに海竜の鱗は彼の無限クローゼットに収められており、骨はいずれどこかの海で受け取ることになっていた。


 ところで魚人族の求めに応じて開催したバーベキュー大会で、海竜の肉を口にした領主邸の面々はそのあまりの美味さに無言の笑顔が絶えなかった。


 エビィリンは人魚たちともすぐに仲良くなり、時々遊んでもらっているようである。土産にもらったおもちゃでネックレスなどを作ってプレゼントしたら、優弥が買い足した予備の物よりも遥かに美しい貝殻をもらってご満悦だった。


 ただ、彼が複雑な気分になったのは言うまでもないだろう。



◆◇◆◇



「領主閣下、密偵の三人が参りました」

「通してくれ」


 ハセミ城の執務室にロッティ、ミリー、イザベルを呼んだ彼は、メイドと衛兵を下がらせた。


「お前たちに任務を与えようと思う」

「「「はっ!」」」


「異国での任務だが問題ないか?」


「お館様のご命令とあらばどこへでも参ります」

「ん? 待て、お館様?」


「三人でそう呼ばせて頂くことに致しました。いけませんでしょうか」

「いや、構わないが……」

(戦国武将になった気分だな)


「お館様、我々はどの国へ向かえばよろしいのでしょう?」

「モノトリス王国は知ってるか?」

「はい?」


「魔法国の南、ゼノアス大陸にある王国だよ」


「あの……国というのは大帝国内の誰かの領地ということではないのですか?」

「ああ、そうか。普通はそう思うよな」


 大帝国はこのエスリシア大陸にあった王国やら公国などを統一した国だから、彼女たちが勘違いするのも無理はない。そもそも海を渡ること自体が簡単ではないのである。


「お館様、海の向こうに行けと言われましても、我々にはその手段がございません」


「それとも暗に私たちは追放とおっしゃられているのでしょうか」

「私、何かいけないことをしてしまったのですか?」


 ロッティが困っている様子を見てミリーは不安げに言葉を発し、それを聞いたイザベルは今にも泣き出しそうだった。


「ミリーもイザベルも、そんなことはないから安心してくれ。ロッティ、モノトリスには俺が連れていくから」

「お館様がですか?」


「そうだ。移動には転送ゲートを使う。もちろん、これの存在は極秘だからそのつもりでな」

「転送ゲート……?」


「聞くより見る方が早いだろ。三人ともついて来てくれ」


 この城の転送ゲートは執務室のすぐ外に設置されている。使用人たちには存在を知らせてあるが、彼らの中に起動出来る者はいない。


「バートランド、行ってくる」

「お気をつけて」


 まずは魔法国に行き、魔王に言って彼女たちにもゲートを起動出来るようにしてもらう。そうでないと迎えに行くまで三人が帰ってこられなくなるからだ。


 それからモノトリス王国の借家に飛び、ひとまず三人を警備員に紹介してから中に招き入れた。ついでに魔単12を消費して敷地全体をおよそ十五年間有効の敵対結界で囲んでおく。これで万が一の時でも、ここに逃げ込みさえすれば敵は追ってこられない。


 そこで彼はふと思った。結界魔法でロレール亭やヴアラモ孤児院を覆ってしまえば、戦争に巻き込まれても安全地帯になるではないかと。


 瞬間移動スキルのお陰で、港町イエデポリにもウィリアムズ伯爵邸にもすぐに行ける。これなら縁のある者たちを護ってやることが出来るというわけだ。


(今日の俺、なんか冴えてるぞ)

「お館様、何がおかしいのでしょうか?」


 思わずニヤけた彼の顔を見て、ロッティが不思議そうな表情で尋ねてきた。


「あ、いや、なんでもない」

「そうですか……」


「ところで三人はこの国が勇者召喚出来る唯一の国だということは……知ってるわけないよな」

「はい、存じ上げません」

「「知りません」」


 彼はモノトリス王国がゼノアス大陸の中で最も弱小であること、これまでは勇者召喚があるため他国から攻め込まれてこなかったこと、そして愚かにもせっかく召喚した肝心要の勇者を放逐してしまったことを教えた。


「あの、こんなことを言ってはなんですが」

「うん?」


「この国の国王様はバカなのですか?」


「やっぱりそう思うよな」

「国民も黙ってはいませんよね?」


「多分知らせてないんじゃないかな。で、お前たちに頼みたいのは周辺国の動向の調査だ」

「周辺国ですか?」


「隣にアスレア帝国があるのは知ってるが、他に何カ国が国境を接しているかは俺も知らないんだよ」

「承知致しました。私たちが調べるのは戦争の兆しについてですね?」


「そうだ。おそらく他国にはすでに勇者がいないことは知られていると思う。理想は戦争を仕掛けてくるならいつ頃なのかを知ることだが、やる気があるのかないのかだけでも構わない」

「お任せ下さい」


「それと信頼に足ると判断したならこっちで配下を雇ってもいいぞ」

「配下ですか?」

「いい人材がいればな」


 言いながら彼は三人それぞれに五枚ずつ手形を差し出した。


「これは?」


「この国の公共機関ならどこでも換金出来る手形だ。一枚で金貨百枚と引き換えられる。必要なら惜しまず使え。雇った配下への報酬に使っても構わん」

「かしこまりました」


「それとこれも極秘事項だが、この敷地には強力な結界を張ってある。最悪の場合でも何とかここに逃げ込め」

「結界ですか」


「敵意を持っている者は絶対に入れない結界だ」

「わ、分かりました」


「では行ってくれ。くれぐれも、死ぬことだけは許さんからな」

「「「はっ!」」」


 未来のハセミ三人衆、彼女たちの初任務はこうして開始されるのだった。

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