第十一話 剣を落とす騎士
「陛下、申し訳ありません!」
「アルタミール領のご領主が不在で、陛下のご予定をお伝えすることが出来ませんでした!」
「あれ? 領主代行のウォーレンがいたはずなんだけど」
「えっ!? 代行殿がいらっしゃったのですか!?」
「応対して下さった女性が、ユウヤならいないわよ〜と申されましたので……」
「その方に言づけしようとは思わなかったの?」
「いえ、もちろんお願いしようとしました。ですが、言づけ〜? 私忘れっぽいから無理ぃと言われてしまいまして」
(ポーラだ。ぜってぇポーラに違いねぇ。さては仕事サボってきやがったな。俺のこと散々サボり魔だって笑ったクセに)
彼がそう思ったのも無理はなかった。事実ポーラはとにかく温泉を気に入ってしまい、仕事を辞めてこのまま領主邸に住みたいと言っていたからだ。
実は優弥がルークたちを追っていた時にすれ違った騎士二人は、彼に皇帝の到着予定を知らせるための先触れだった。ところがその本人が不在であったため、大役を果たせなかったというわけである。
その半分、いや、大部分はポーラのせいだったが。
「大儀だったね」
「陛下から直々に賜った
「どうか我ら二人の首、この場にて……」
「その必要はないよ。ここにアルタミール領主、ハセミ様がいらっしゃるのだから。ハセミ様、改めてよろしくお願い致します」
「分かった。二人も俺が出かけてしまっていたばかりに余計な苦労をかけたようだ。すまん」
「いえ、寛大なご処置に感謝致します!」
ところでここまで皇帝の態度を見てきて、優弥は彼がなぜ魔法国に戦争を仕掛けたのか疑問に思えてならなかった。年齢は十五歳と聞いたが、それでも他国に攻め入る号令をかけるのは皇帝にしか出来ないはずだ。
「僕が浅慮だったんです。臣下の言葉を鵜呑みにしたばっかりに」
「下から突き上げられたってことか?」
「はい。でも責任は僕にありますから」
レイブンクロー大帝国は魔法国アルタミラより北に位置するため、年間を通しての平均気温がかなりひくい。それ故に国土面積が広大でも、国民は常に飢えと闘わなければならなかった。
「それでアルタミラを落として、次はモノトリスを狙うつもりだったのか」
「今は見る影もない軍事工場は私の祖父、前皇帝が築き上げたものでした。その工場を何度も視察し、幼い頃は胸を踊らせていたものです」
「他国に攻め入ることをか?」
「違います。祖父は私に、そこで多くの船を造って他国から食糧を運び、国民を飢えから救うのだと語ってくれました」
「しかし造っていたのは軍艦で、他国から食糧を奪うために使われたわけだ」
「返す言葉もありません。臣下の、アルタミラなら魔法さえ防げば簡単に落ちる。軍港と首都を陥落させるだけなら、多くの犠牲を出さずに済むとの言葉に乗ってしまった結果がこれです」
トバイアスはそこでまさか略奪行為まで行われたとは思わなかったそうだ。しかも彼は魔法国を最終的には植民地化し、自治を認めるつもりだったという。
また、モノトリス王国への進軍については、ゼノアス大陸の国々との交易を実現させるために必要と説得されたとのことだった。
「いずれにしても人が死ぬ決断を下したのは皇帝自身だ。俺はアンタ個人を悪い奴だとは思わないが、大帝国の皇帝として見た場合は話が変わってくる」
「はい……」
「戦争などせずとも、素直に交易を持ちかければ賠償なんてする必要もなかったのにな」
「ハセミ様の仰る通りです」
「ま、そう悪いことばかりでもないさ」
実は優弥には一つ思いついたことがあった。
それは大帝国で国営化されたリベラ商会、現在はレイブンクロー商会と名を変えたが、そこにアルタミールで起ち上げる予定の合同商会を通じて、魔法国やモノトリス王国から食糧を供給するというものだ。
それにはまずティベリアに転送ゲートを設置してもらう必要があるが、彼女のことだから快く協力してくれるだろう。対価は金はもちろんのこと、復興のための労働力でもいい。
モノトリス側はエバンズ商会のコンラッド会頭に話を通せばうまくやってくれるはずだ。むろん両国の食糧輸出が可能か不可能かは今後の課題となるが。
「総員戦闘配置!」
「陛下をお護りしろ!」
その時、突然周囲が騒がしくなった。同行している侍女と思われる女性の悲鳴も聞こえる。
「何事?」
トバイアスが窓を開けて騎士に尋ねる。
「ゼブラレオです! 三頭います!」
「ゼブラレオだって!?」
どうやら魔物が近づいてきたようで、騎士たちが臨戦態勢に入っていた。それを見た優弥も魔物が見てみたくて皇帝の後ろから外を覗く。
(ライオン? シマウマ? それにしてもでけぇな)
彼の視線の先にはこちらに向かってくる、体がシマウマのように白黒の縞模様で、頭はタテガミのないメスのライオンような魔物が三頭いた。
まだ距離があるのでおおよそでしかないが、大きさが象ほどはありそうだ。
「お宅の騎士さんたちは俺の力が見たいんだったよな」
「えっ!? 確かにそんなことを言ってはおりましたが……」
「んじゃ、ちょっくら倒してくるわ」
「危険です! 騎士たちにお任せ下さい!」
「あんなのを無傷でやっつけられるのか?」
「多少の犠牲はやむを得ません!」
「また人が死ぬ決断をするつもりか? それが必要な時もあるだろうが今は違う。俺がいるんだからな」
「ハセミ様……」
「タニア、大丈夫だ。安心してお前たちの領主の強さを目に焼きつけろ。そうそう、かなり大きな音がするから三人とも耳を塞いでいてくれ」
窓の外のゼブラレオを見て真っ青になっていたタニアを慰めてから、彼は停車している馬車を降りた。三人と言ったのは皇帝とタニア以外にもう一人、ネイトという執事が乗り込んでいたからである。
「ハセミ様! 危険です! 馬車にお戻り下さい!」
「ほら、アンタらが騒ぐからアイツら走り始めたぞ」
「くっ! 総員、抜刀!」
金属の擦れ合う音が聞こえてくる。それと共に三頭の魔物がさらに走る速度を上げた。
「爆音が轟くから耳塞いでろ」
「し、しかし……」
剣を握っていては耳を塞げないことに、彼は今さらながらに気づいた。
「ま、一応警告はしたからな」
彼が無限クローゼットから取り出したのは、野球のボールほどの大きさの石だった。眉間を貫けば問題ないと思われるが、以前猟銃で頭を撃たれた熊が死なずに生きていたという記事を、何かで見た記憶があったのだ。
そのため小石ではなくこの大きさを選んだのである。
「それっ! ほれっ! うりゃっ!」
連続で三投、追尾投擲で放たれた石は一瞬で音速に達して爆音を響かせる。それに驚いて尻餅をついた騎士もいたが、多くは剣を落として耳を押さえながら身悶えていた。
(騎士が剣を落とすとか、大丈夫なんかね)
後で聞いた話によると、剣を落とすというのは負けを意味することになるため縁起が悪いらしい。ほとんどの場合は新たに剣を買い直すそうだ。
(よかったな、鍛冶屋。大儲け出来るぞ)
それはいいとして、次に騎士たちが目にしたのは、頭を半分ほど吹き飛ばされて横たわる三頭のゼブラレオの姿だった。小石と同じ感覚でSTRを乗せたが、いつもより石が大きかったため、貫かずに吹き飛ばしてしまったようだ。
だが、一難去った後に別の災難が騎士たちを襲っていた。彼の近くにいた者が一様に耳から血を流していたのである。
「あー、悪い。鼓膜破れちまったか」
「え? 何ですか?」
耳を押さえながら返事した騎士は、剣を落とさずに耐えた強者だった。
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