第九話 夜盗狩り
アジトにいる夜盗は五十人ほどで、離れているため会話は断片的に聞こえてくるだけだが、どうやら今夜またどこかの貴族家を襲うつもりでいるようだった。
先に現場に到着していたサットン家の私兵長マーティンによると、捕らえられた女性たちは一軒の廃墟に集められているそうだ。おそらく入り口に見張りが立っている、今にも崩れそうな建物がそれだろう。
優弥と私兵たちは、廃村の東側から様子を窺っていた。そこが最も身を隠すのに適していたからである。しかし正攻法でいくとすれば、位置的にはあまりいいとは言えない。
朽ちかけた建物がいくつも並ぶ中、夜盗共が寝起きしていると思われる大きめの家が、女性たちの閉じ込められている廃屋より手前にあるからだ。
また、それを囲むようにいくつかの家にも夜盗が籠もっている。つまり彼女たちを助けるためには、どうしても夜盗と一戦交えなければならない。
先に人質を助け出し、それからゆっくり夜盗を料理するという手段が取れないのである。
(ま、俺には関係ないけどな)
それから彼はマーティンに小声で話しかける。
「あの大きめの家に攫われた女性がいないか確認出来るか?」
「まずいないと思いますが、確証は持てませんね」
「仕方ない。自分で確かめるか」
言うと彼は姿が見られないように、木々の陰で立ち上がる。
「アンタらは私兵ってくらいだから、夜盗なんかに後れを取るなんてことはないよな?」
「ええ、もちろん」
「グロい死体を見るのは?」
「問題ありません」
優弥とて元は平和な日本にいたのだから、死体を見慣れているわけではない。しかしトマム鉱山の崩落事故に巻き込まれた遺体の数々を目にして、ある程度の免疫は出来ていると自負していた。
それでなくとも相手はソフィアとポーラを攫った可能性がある。もし二人に怪我や、それ以上の酷いことをしていたら、一人として生かしておくつもりはなかだた。
「それじゃ、合図したら女性たちの救出に向かってくれ。それまではここで待機だ」
「手伝わなくてもいいんですか?」
「ああ。だが、ここで見たことは他言無用でな。じゃないとお
さすがにこの脅し文句のような口ぶりに、反感を覚えた私兵も少なくはなかった。しかし当主からの命令は彼に従うこと。間違っても逆らってはならないと厳命を受けていたのである。
だからマーティンはこう返すのが精一杯だった。
「せいぜいお手並み拝見といきましょうか」
そんな私兵たちの心情を知ってか知らずか、優弥は見張りの死角になる位置から近づき、あと数歩のところで彼らの視界に飛び込んだ。
「な、なんだ貴様!」
男の一人が叫ぶと、もう一人の見張りも駆け寄ってくる。女性たちが閉じ込められている方の見張りも気づいたようだが、彼らが持ち場を離れることはなかった。
「答えてやる義理はないな」
「なんだとぉっ!」
「おい、騒がしいぞ。どうした!?」
「アニキ、ヘンなヤツがいきなり現れたんでさぁ」
「あぁん? なにモンだ、おめぇ?」
「一つ聞きたいんだが」
「なにモンだって聞いてんのはこっちなんだよ!」
大きめの家から出てきたアニキと呼ばれた男は、見張りの二人より一回り大柄だった。その大男が、問いに答えようとしない優弥に怒声を浴びせ、いきなり拳を振り上げたのである。
だが、頬を殴られたはずの彼は微動だにせず、逆に大男の腕が本来曲がるべきではない方向へと曲がる。言ってみれば固定された銅像に、思いっきりワンパンくれて腕がひん曲がった状態だった。
「う……うぎゃぁっ!」
「あ、アニキ!?」
「さすが夜盗のアニキは礼儀知らずだな」
そう言って彼は、腕を押さえてうずくまる男を蹴り上げた。するとまるでサッカーボールのように大きく弧を描き、アニキの巨体は数メートル先の廃屋に飛び込む。思わず「ゴオーールッ!」と叫びたくなる瞬間だった。
「おいおい、軽く蹴っただけだそ。これがSTR80万超えの力ってか」
「き、貴様! アニキになにしやがる!」
「あ? あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ」
「うるせ……」
「お前もアニキみたいに蹴り飛ばされたいのか?」
「グッ……」
「おいおい、なんだってんだよ、うっせぇなぁ」
するとアニキ級の大男がゾロゾロと出てくる。全部で五人、寝起きなのか欠伸をしている者もいた。
「この建物に攫ってきた女性はいるのか?」
「ん? 女は全員あっちだが……おめぇ、見ねえ顔だな。新入りか?」
「一応確かめるか、どけっ!」
言うと彼は大男の一人を突き飛ばして道を空ける。突き飛ばされた男はそのまま十メートルほど吹っ飛んでいった。
「な、何しやがる!」
「ふむ、中には誰もいないようだな」
「か、カシラ! コイツは……!」
「アンタが夜盗のカシラか?」
カシラと呼ばれた男は五人の中でも一際大きく、裸の上半身は筋張った筋肉で覆われている。そしてカシラは一瞬にして状況を把握したようだった。
「貴様、何者だ!?」
発せられた声は太く、低い。並の者ならそれだけで威圧されていただろう。だが彼は動じない。
「何者でも関係ないさ。確かアンタの首には賞金が掛かってるんだったな」
「賞金稼ぎか? 一人で来るとはバカな男だ」
「そう思うか?」
不敵な笑みを浮かべると、優弥は彼らが出てきた建物の屋根の方に目を向ける。刹那、屋根の面積とほぼ同じ大きさの枠線が現れて、そこから次々と大岩が落下を始め、激しい地響きと砂埃を巻き上げた。
そして数秒の後、建物は完全にいくつもの岩に押し潰されていたのである。これらの岩は言わずもがな、トマム鉱山の崩落事故の際に無限クローゼットに放り込んだ物だ。
「な、なんだ今のは……!?」
「これなら俺の仕業って分かるだろ」
「あ?」
「いや、こっちの話だ」
そして彼は夜盗のカシラと、未だ放心状態に陥ったままの手下共を睨みつけた。
「おい! 何してやがる! さっさとコイツをぶっ殺せ!」
「お、おう!」
我に返った男たちが、一斉に優弥に襲いかかる。だが先ほどのアニキ同様、彼に傷を負わせるどころかバランスを崩すことすら出来なかった。
「DEFも80万超えてるからな、痛くも痒くもない」
「なっ!?」
「全力で殴ったらさすがにヤバいか」
彼は一番近くにいた男の顔を軽く殴りつけた。鼻が潰れ、何本かの歯が折れて仰向けに倒れる男に視線が集まった時、彼は私兵に女性救出の合図を送るのだった。
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