変なもの送ってくるダチ

西夏

第1話 なんかのことわざが書かれたでかい布


 昼前、べたべたにテープを巻かれた紙袋が我が家に届いた。差出人は案の定あいつだ。


今回のブツは厚みがあるものの、大きさはA4程度。前回のあれよりはよっぽどましか。


台所の棚の奥からアカマルを取り出し、紙袋を片手にベランダに向かった。同居人たちは2人とも煙草の煙を嫌うからだ。


「なに、アマゾン?」

チャイム音に起こされた林が布団の中から寝起きな顔をのぞかせた。寝起きが残念になるのは人類皆同じだ、とこいつを見る度に思う。

「んーん、瀬木からなんか届いた」

「ああ、そっちか」

そう言って林はまた布団にもぐる。そんな彼の頭を布団越しに軽くはたき、

「いや、お前いい加減起きろよな。ダラなんか朝っぱらからインターン行ってんぞ」

と自分でも嫌になる現実を突きつけてみせる。

ちなみにダラとは、もう一人の同居人である男の名前だ。

「あいつと一緒にすんな。こっちは昨日夜まで世界救ってたんだよ」

「ゲームの話だろそれ」

そんな俺の言葉が途切れるころには、既に布団は寝息を立てていた。



ベランダからの景色はさほど良いものではない。このアパートの大家さんが趣味で植えている中庭の草木の奥に、別のアパート棟が並んでいるだけだ。不用心な男子大学生が多く、ほとんどの部屋は常にカーテンが半開きだ。それでも、涼しくなってきた今頃の空気は心地よく、ベランダのある部屋にして良かったと思っている。


なるべく力を入れずに口から煙を吐いた。煙はそのほとんどが俺の顔を覆いながら立ち上っていく。その匂いをゆっくりと想いながら、紙袋を開ける。文字通りぐるぐるに巻かれたテープのきっかけを見つけ、そこから一気にはがしていく。


中から出てきたのは布だった。白地に黒の点々模様がついている。煙草を咥えその布を広げてみると、想像以上にでかい。端がベランダの床についてしまい、慌ててそれを掴み上げる。感覚的にはシングル用の掛布団ぐらいの大きさだろうか。


「んだこれ……」


何も今回に限ったことではないのだが。あいつが送り付けてくるものは毎度意味が分からない。時にはただの嫌がらせとしか思えないことだってある。


帯に短し襷に長し、というのか。何に使うにしても中途半端な大きさと薄さだ。ペラペラで荒い生地のでかい布。としか形容できない。


がしがしと頭を掻き、布をてきとうに丸めてもう一度煙を吐いた。煙は今も昔も変わらず、ほんの少しだけ視界をかすませては消えていった。


時間を確認しようと携帯をとり出したら、真っ暗な画面に映ったひどい顔が目にとまった。度重なるブリーチに痛んだ金髪の隙間から、小さな黒目を構えた三白眼が不満げに二つ並ぶ。


試しに内蔵カメラを起動して自分の姿を見てみると、どこからどう見ても「不健康でどうしようもない男子大学生A」だった。肌が荒れにくい性質であるものの、血色の悪さは明らかで、唇も一切の潤いを感じさせない。


初めて会った頃のアイツもこんな顔ではなかったか。

そう思いながら口内に溜まった苦いつばを飲み込んで、ベランダを後にした。



電気をつけ、部屋を見渡す。この部屋も随分と散らかった。


片手にはアイツが送り付けてきた布。


視線を左右にゆらゆらと振る。


ゆら、ゆら、ゆら。


止まる。


衣装ケースの山。


そのうちの一つ、冬服の入ったケースを開け、「燃えるゴミ」と書かれた袋にその中身を全て打ち捨てる。


満杯になった袋の口を縛り、玄関の方に追いやる。


空っぽになった衣装ケースに先ほどの大きな布をそっと入れる。


それをゆっくり撫でながら、上にアカマルを添える。


今日、また、俺の中にアイツが一つ増えてくれた。

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