さよならボタン

渡貫 秋

第1話

あなたは一押しするだけで欲しいものが何でも手に入るボタンというのを想像したことがあるだろうか?

少なくとも私はない。

そんな馬鹿げたものがこの世にあると、世界が崩壊してしまう。

と、つい最近まで思っていた。

全てはあの妙な霊媒師との出会いがきっかけだった...


「ちょっとそこのお兄さん。少し寄ってかないかい?」

最寄りの駅から自宅へ帰宅しようと近所の商店街を歩いていると突然呼びかけられてしまった。

年相応の白髪と皺が目立ち、怪しげな目をしている老婆だ。

「急いでいるので...」

「まあそう言わないで寄ってきな!」

呼びかけをかわそうとすると老婆は半ば強引に傍に構える怪しげな店に入れてきた。

「そこに掛けて頂戴。」

とても面倒くさいことになったなと思い、苛立ちを感じながらも私はそこに座る。

対面に老婆が座り、前には古びた木製のテーブルがある。辺りは暗くて息苦しい。

「えーと、ここは何処ですか?そもそもあなたは...」

「私は通りすがりの霊媒師だよ。そして、今日はお前さんにいい話があって呼んだんだ。」

胡散臭すぎる。変なのに巻き込まれたなと思いため息をついた。

「いい話って何ですか?」

「あんたは霊を信じるかい?」

「はい?」

「あんたは霊を信じるのかい?」

こちらの質問に答えず質問で返してくる。

重度の認知症で会話が成立できないのかと思った。

「正直半信半疑ですね。」

「そうかい...ならこれを使えばきっとわかることだろう。」

そう言い、手のひらサイズの四角い箱のような物をテーブルの上に置く。

それにはボタンがついており、誤作動を起こさないように透明なハードケースがついている。

「これは?」

「これはさよならボタン。押すと欲しいものが何でも手に入るボタンさ。その代わり自分の大切なものも失うがね。」

どこかで聞いたことある秘密道具みたいだな。

世の中そんな上手いことがあるはずがない。

こんなのを本気で信じるやつは本物の馬鹿か怪しい宗教を信仰している人ぐらいだろう。

こんなもの売りつけられてももちろん買わない。

「霊と関係があったりするんですか?」

「ない。」

ないんかい!そこはあれよ。いったい何で霊媒師をしているんだ。

「ほれっ」

「おっと、」

いきなりそのボタンを投げられたが慌てて受け取る。

「買いませんよ。」

「売るつもりはないさ。そのボタンはお前さんにいい影響を与えるだろう。」

「はあ」

「ただ、使えるのは1回まで。それ以降は絶対押すんじゃないよ!」

「2回目を押したらどうなるんですか?」

「......」

「あの」

「......」

何で何も答えないんだ?いきなり黙って気味が悪い。

とにかく2回目を押さなければいいんだな。

そもそも容易に押すことはないのでそこは心配無用だろう。

それより居心地が悪い。用も済んだようだしさっさと帰るとするか。

「そろそろ失礼しますね。」

腰を上げ、老婆を背後に店から出る。

「何でも手に入るボタンか...」

右手に握ったボタンを見る。

未だ信じていないが、何か嫌な予感がする。


この先さよならボタンがどのような混乱を起こすのか赤崎 慎吾はまだ知りもしない...


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