第6話 鬼は眠り、後悔は重ねる

 「コウはもうとっくに死んでいる……」

 その言葉にレイさんの動きが停止する……

 だったらなら、この目の前の不気味な男は……?


 「そして……渡り廊下で死んでいた者はコタロウタじゃない……」

 そうアゲハさんは続ける。


 「どうゆうこと?」

 無言を貫いていた、ヤシャちゃんがそう母親に尋ねる。



 「私が……乾家に成り代わることを条件にに薬を分け与えた数日後……コタロウタにも鬼の症状が現れたの」

 コウ君もコタロウタ君も助からなかった……


 「そして……コウはまたその数日後に、毒薬入りの食事を食べ続け……その生命を奪われた」

 そう虚ろな目で続ける。


 「私とコタロウタは……幸いなのか不幸なのか……生き残ってしまった……そしてコウの死を目の辺りにその鬼刀家の真相を知る」

 ……そう続ける。


 「鬼刀 レイ……乾 コトハは自分の息子が鬼になった事実を受け止められず、時を同じく両親を流行病で失った親族の息子を養子として引き取り、彼を自分の息子の代わりにコタロウタとして引き取った」

 そう続ける……


 「私は……そんなかのじょに、死んだのはコタロウタだと伝えた……そして生き残ったコウと共に、私は彼女と成り代わり鬼刀家に戻った……そして、私をコウを、家族を助けるどころか手にかけようとした者にが復讐を果たした……」

 そうアゲハさんが告げる。


 「……さん……ぉかぁ……さん」

 ぶつぶつと隣でバケモノは言葉を発する。


 「……それじゃ……あなたは?」

 レイ……乾 コトハはそのバケモノに手を差し出す。


 「……コタロウタ、あなたの本当の子よ」

 アゲハさんがそう告げる。


 「ハハハッ……ハハハハ……」

 鬼は笑い出す。

 手を差し出した レイ……乾コトハの右腕が吹き飛ぶ。


 「かぁさん……かーさん……オマエジャナイ!」

 虚ろな目でコウではなく……コタロウタはそうコトハを不気味な笑みで睨み付ける。


 「かぁさん……ぼくとずっといた……ぼくがくるしいとき、ずっとそばにいた……」

 コタロウタが見る母親は彼女ではない……


 いつの間にか手にした刃が乾コトハのはらわたを突き破る。


 「コ……コタロウタ……」

 失ったと思っていた本物……本物の変わりに愛そうとした偽者ではない……


 「かぁ…さん、まもる、ぼくがまもる……」

 コタロウタはそうぶつぶつと呟く。


 そして、コタロウタはアゲハを連れて山奥へと逃げ去っていく。




 


 ・

 ・

 ・





 再び日が暮れて……その日もその小屋で夜が明けてから屋敷に戻ろうと思った。

 そして、八神はその日も二人分の食料を得ようと、食材や果実を集めていた。


 途端、小屋の方から銃声が響いた……


 「キサラァーーーーっ!!」

 絶対にその名は呼ばないと、心で誓っていた……

 だが、その名を思わず叫ぶ。


 食材を投げ、銃声がした小屋に戻る。


 小屋のドアを蹴破るように開ける。


 何処だ?何処にいる?


 瞳を右、左に動かす。


 もう二度と……後悔などしない……



 小屋の窓が割れている。


 そして、小屋の遥か奥、山奥から銃声が再び響く。



 疲れなど忘れていた……

 ただ、許す限りの足をその音がした、先ほど自分とキサラが居た場所に再び戻るように山を駆け上がる。


 息を切らしながら……一日かけて登って降りた、祠を囲う金網の側に戻ってきた。


 中には、バケモノとアゲハ、八神からすると乾コトハがその金網の中にいて……バケモノに囚われたキサラはその首元に腕から突き出す刃を突きつけられている。


 「逸見トウタの仕業か……あいつがてめぇらを中途半端に追い詰め、またまんまとここまで逃したって事か」

 そう八神が誰かを恨むように言う。


 金網には再び電流が流れている。

 遠隔操作できるスイッチを奴らが持っているということだ。


 地下に潜って、その電源を切ることもできるが、

 遠隔スイッチを持っているってことは、切っては入れられての繰り返しだ。


 そして、地下に潜っている間にキサラに何をするかわからない。



 「かぁ……さんとぼくを、ほっておけ……ぼくはここでいきる……かぁさんとここでいきる」

 八神の前でバケモノが始めて声を出す。


 バンッと銃声が響き、バケモノの腕を銃弾が貫くとそこから抜け出すようにキサラが八神の方に走る。


 が、すぐに体制を整えたバケモノがキサラの背後を追う。

 その刃が今にもその背中を突き破り、腹を突き破り現れそうで……



 「キサラぁーーーっ!!」

 再びその名を八神は叫び、簡易的に針金で留められている扉に手をかける。


 軽く意識を失いかける……急激な電流が身体に流れてくる。

 

 「あーーーーーーーーーーーっ」

 叫びその意識を保ちながら、何度も何度も扉を開け閉めを繰り返し、その針金を切り解く。


 焼けた臭い……

 自分の身体が軽く焼け焦げているのだろう……


 ドアを破りその中に入る……


 「じゃまするなよ、ぼくはかぁさんと……」

 そうバケモノが八神に言う。


 「しらねーよ……二度は後悔しねぇ……殺人鬼てめぇはぶっ殺す」

 そう八神がそこに居る誰よりも脅威的な目をしてバケモノを睨み付ける。


 八神とバケモノが同時に動く。

 どちらもその攻撃を寸前で交わし、八神は周辺にあったドラム缶に身を隠すと、バケモノの刃がドラム缶を貫くと中の燃料が周辺に流れ出す……


 「キサラ、銃弾は残ってるか?」

 そう八神がキサラに告げる。


 「あと……3発……」

 そうキサラが言う。


 ……考える。

 彼女に、ドラム缶を打ち抜くだけの腕前があるか……?

 いや、それ以前に……


 ドラム缶を打ち抜いて爆発が起こるなんていうのは、実際は低確率だ。

 

 「その場に、拳銃を置いてお前は金網この外に出てろっ」

 そうキサラに告げる。


 自分が使うより、八神が拳銃これを使ったほうがいい……そう悟ったキサラはその言葉に従い、その場に拳銃を置くと、八神が破った金網の外まで走る。


 バケモノがそれを追おうとするが、銃声が響く。

 拳銃を手にした八神がその背中を打ち抜く。


 バケモノがぐたりとその場に倒れた。


 八神はゆっくりその倒れたバケモノにより……その拳銃で止めをさそうとする。


 「お願い、やめて」

 そう……アゲハは八神に告げる。


 「……最後くらい……二人で……」

 そうアゲハは八神に乞う。


 「……殺人鬼は許さない……この一瞬を後悔しないため……そう決めた」

 八神がそう冷たく言い放つ。


 「私もこの子も……後悔することすら許されなかった……選択を誤ることすら許されなかった」

 そうアゲハは返す。


 「しらねーよ、てめぇらの事情など……俺は俺が後悔しないために動くだけだ、身勝手だろうがなんだろうが……そのためにっ!!」

 引き金に手をかける……


 「だめっ!!」

 叫んだのはキサラだった……


 「……だめだよ、それを受け入れたら……きっと八神さんは八神さんでいられなくなるよ、今の私の大好きな八神さんで居られなくなる」

 そうキサラが八神に言う。

 殺人鬼を残らず殺す……そんな八神じぶんを演じてはならないと……


 後悔しないと誓った……躊躇しないと誓った……

 そんな誓いはそんな言葉で簡単に揺らいでしまって……


 胸の裏ポケットからタバコを取り出す。

 火を付けくるりと背を向ける。


 キサラの待つ金網の外へと歩き出す。


 どうせ、時期に他の警官たちがこいつらを捕らえに来る。

 どうせ、てめぇらは許されない。


 今は目の前の小娘に免じて見逃してやる……そう後悔する。



 途端……身体がじわりと熱く……

 不意に視界の4分の3以上が真っ暗になる……



 「ひひ、ひひひひ……」


 だから……言った……

 八神ソウスイ……てめぇは学習しない男だ……


 くわえたタバコがポロリと地面に落ちた。


 ドラム缶から流れていた燃料にタバコが落ち一気に火の手があがる……

 火はあっという間にあたりの草木に燃え移り……


 金網の外に出る出入り口を塞いだ。



 「八神さんっ!八神さん!!」

 必死にキサラが呼ぶ声が聞こえる。


 バケモノの腕から突き出した刃が八神の背中を貫いてその刃が腹を突き出すように現れている。


 「……ちくしょう、結局こうなるんじゃねーか」

 バンッバンっと残りの拳銃を容赦なくバケモノにくれてやる。


 結局……後悔して……結局、キサラの約束も守れず……


 あっという間に火に囲まれている。


 バケモノもアゲハも……俺もそれから逃れることはできない。


 俺はその場に座り込むと再びタバコを取り出し火をつける。


 「最後くらいゆっくり一服させろ……」

 俺はそう呟き……



 「八神さんっ!!八神さん!!」

 必死にその火の外から小娘の叫ぶ声がする。


 「ごめんなさい……ごめんなさいっ」

 そう泣き叫び、謝罪する声。

 自分が余計なことを言ったから……そう責任を感じているように……


 「キサラ……最後にお前に出会えてよかったよ」

 そう八神はキサラに告げる。

 その言葉の意味をキサラは理解できない。


 「あの日からずっと夢を見続けているようだった……あいつの言葉の答えを探していた……殺人鬼を追いかけ……そしてお前にであった……ようやくその答えにたどり着けた気がする」

 そう……八神の声はどんどん弱々しくなる。


 「わからないっ……私にはわからないです」

 キサラが叫ぶ……


 「それでいい……わかろうとなどするな……お前は俺になるな……」

 そう八神は言う。


 燃え続ける……その全てを証拠を消すように……

 その後悔も、復讐も……全てが終わったように……


 そんな少女の理解も後悔も……知らずに……

 


 「いやっ……八神さん、わたし、わたしはっ!!」

 何を告げようとしているのか……


 鏡を見ているようだった……あいつを写す鏡を……


 そんなお前を助け……俺は手招きしているあいつのもとへと帰る。

 それが……俺の今日までの罪。


 俺の背後から手招きしている……俺はそこに帰る。


 出入り口を塞ぐ炎……かがみはあいつを写すかのように……


 火の中から細い腕が伸びてくる……


 やめろ、何をしている?


 火の中を何かを探るように……その手が何かを探っている



 ヤガミサン、ヤガミサンと誰かの声と……ほぼ視界を失っている俺の視界にその光景がぼんやりと映し出される。


 熱い……そんなレベルじゃないだろう……

 やめろ……ほっておけ……


 「わたし、八神さんともっと……もっと一緒に居たい」

 そう必死に俺の手を探している……

 燃え盛る炎の中……必死に……


 やめろ……やめてくれ……

 もう後悔しないと決めたんだ……

 もう……なのに……


 やめてくれ……


 もっと……生きたいと思っちまうじゃねーか……


 てめぇと居たいと願っちまうじゃねーか……


 


 ちくしょう……もう後悔しないと……そう誓ったのに……


 あーーー、死にたくねぇな……ちくしょう



 残る余力で……俺は必死でその手に手を伸ばす……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る