どこかで、誰かが見ています(五)

「お禄さん、あんた本気なのかい?」


「ええ、冗談なんかじゃありません。本気です。あたしら仕上屋が、勘兵衛たちを始末してさしあげますよ」


 そう言って、お禄は蛇次を見つめる。その目は真剣そのものであった。

 一方の蛇次は、平然とした様子である。焼いた目刺しをつまみながら、酒を飲んでいた。


 ・・・


 お禄がわ蛇次の屋敷を訪れたのは昼過ぎだ。

 いきなりの訪問にもかかわらず、蛇次はお禄を屋敷に上げてくれた。もっとも、彼女の表情から、何の用で来たのかを察していたのかもしれない。奥の部屋に通すと、下働きの女たちを追い出したのだ。

 ふたりきりになった時、お禄はさっそく切り出した。


「前に仰っていた奇特な人の依頼ですが、まだやれますかね? 出来ることなら、仕上屋にやらせて欲しいのですよ」


 お禄の言葉に、蛇次の目がすっと細くなる。


「どういう意味だい?」


「では、単刀直入に言いましょう。鼬の勘兵衛および奴の手下は、あたしらが仕留めます」


 ・・・


「まあ、あんたがこんなくだらない冗談を言わない人だってことはわかってる。しかしね、こないだとは態度が真逆じゃないかね。どういう風のふきまわしだい? よかったら、聞かせてくれないかな?」


 すると、お禄は面目なさそうな顔になる。


「お恥ずかしい話ですが、博打で大枚すっちまいましてね。金がいるんですよう。駄目ですか?」

 

 そのふざけた答えを聞いても、蛇次は表情を変えなかった。焼いた目刺しをつまんで口に運びながら、じっと彼女を見つめる。

 ややあって、不意に立ち上がった。部屋の隅にある桐の箱を開け、紙に包まれた小判を取り出す。


「全部で五十両だ。本来なら、仕事料の全額前渡しは、うちでは有り得ないんだよ。だがね、あんたら仕上屋さんは別だ。信用してるからね」


 金を受けとったお禄は、深々と頭を下げる。


「はい、ありがとうございます。蛇次さんの信頼は裏切りません。勘兵衛の奴は、命に換えても必ず仕留めます」




 次の日の夜、いつもの面子が蕎麦屋の地下室に集まっていた。蘭二、権太、壱助の三人だ。

 お禄は皆の顔を見回すと、机の上に小判を一枚ずつ重ねていく。やがて、五両の山が五つ作られた。

 すると、権太がひゅうと口笛を鳴らす。いつもより額が多いことへの、彼なりの賛辞なのかもしれない。

 お禄は、そんな反応にはお構いなしに口を開いた。


「今回はひとり十両、相手は鼬の勘兵衛とその手下たちだ。はっきり言って手強いよ」


「勘兵衛? 何であいつを──」


 蘭二が何か言いかけたが、お禄は手を挙げて制する。


「待ちな。今から、順を追って説明する。込み入った話だからね。この際、みんなにも知っておいてもらった方がいいからね」


 鼬の勘兵衛。

 彼は今、裏の世界で派手に活動していた。邪魔者は、腕利きの手下の伝七と雲衛門を使い始末する。そのため、正面きって敵対する人間など、ほとんどいない。

 最近では、裏の世界の大物である蛇次にまで面と向かって逆らう始末だ。結果、蛇次はお禄に勘兵衛の始末を依頼した。

 だが、お禄は返事を保留する。彼女としては、蛇次を勘兵衛が牽制している、という形がありがたい。敵の敵は味方……というわけではないが、蛇次があちこちに気を配っている方が、お禄にとって望ましい状況ではある。

 しかし、ここ二日ばかりの間に、盲目の按摩が立て続けにふたりも殺された。殺ったのは、勘兵衛の手下の伝七であろう。

 伝七が狙っているのは、雲衛門の殺しの現場にたまたま通りかかってしまった壱助の命だ。


「つまり伝七は、あっしを狙っているってことですかい?」


 壱助の言葉に、お禄は頷いた。


「ああ、多分ね。雲衛門の奴は、あんたがめくらだから見逃したんだろうが、伝七は見逃せないって訳さ。もっとも伝七は、根っから殺しが好きな気違いだって噂もあるけどね。いずれにせよ、伝七と雲衛門は壱助さんを狙っている。そうなった以上、勘兵衛の野郎は仕上屋の敵だ。だから、奴を殺ることにしたのさ。ついでに、銭も入ってくるしね」


 お禄はいったん言葉を止め、三人の顔を見回す。


「ただし、奴らは手強いよ。まがりなりにも、裏の世界で飯を食ってきた連中だからね。しかも、今回は勘兵衛と伝七と雲衛門の三人をまとめて片付けることになる。今までみたいな不意打ちは難しいよ」


「そんな事情じゃ、あっしは降りる訳にはいかないですね。皆さん、あっしのためにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんね」


 そう言うと、壱助は手のひらを差し出してきた。するとお禄は、その手に十両を乗せる。


「あんたのためだけじゃないよ。あんたに何かあったら、お美代さんが店に乗り込んで来るんだろ。あたしも、鉛の弾丸は怖いからね」


 お禄は、冗談めいた口調で言葉を返した。


「俺は何でもいい。十両ももらえるなら、誰でも殺ってやる」


 そう言いながら、小判に手を伸ばしたのは権太だ。彼は五両を掴み取り、懐に入れた。


「で、お禄さん……今回はどんな手でいくんだい?」


 同じく自分の分の五両を手に取り、蘭二は尋ねた。すると、お禄は口元に笑みを浮かべる。


「ああ、それだけどね……壱助さんに権太、ふたりはしばらく一緒に動いてくれよ。蘭二、あんたはあちこちで噂を流しとくれ。壱助さんがどこを歩くかを、奴らの耳に入れるんだよ」





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