第18話⑥

 とりあえず、紅茶でも淹れようか。

 ミアはキッチンに立ち、やかんに水を入れた。


「お見事だね、ミア」

 ミアの手からやかんを取ったジャスティンが、そのままコンロにかけた。

「そろそろ来ると思ったわ。紅茶でいい? って、あなたから頂いた品だから、薦めるのも変な話だけど」

「いただくよ。しかし、君もすっかり貸金業者としての顔になってきたね」

「近くに優秀な先輩がいるから、お手本にしているのよ」

 ジャスティンが片眉を上げる。

「君、そろそろ金庫が必要だと思うよ」

「うーん。でも、今日みたいに、お金は右から左へ。わたしのもとにある時間なんて、あるようでないようなものよ」

「だとしても、あって困るものじゃない。きみの就職祝いをなにもあげていなかったから、プレゼントだよ」

 ジャスティンの声は少し弾んでいる。

「つまり、もう部屋にあるのね」

「頭がいいな」

「わたし、馬鹿じゃないのよ」

「ちびでもない」

「そうよ、馬鹿でもちびでもないわ」

 狭いキッチンで、ミアとジャスティンは向かい合っている。

 そして、どうしたことか、ミアの心臓はドキドキしているのだ。

 生きているから心臓がドキドキするのは、あたりまえなのよ。

 でも、なんだか、頭も身体も熱い。

 北極でアイスティー。

 あぁ、北極ではなくて南極だったかしら。

 ところで、北極と南極はどう違うの?

「そうだ。あと、靴も」

「靴?」

「臙脂色の靴だ。君はいつも見ているだろう?」

 ミアは驚いた。そんなことまで知っているとは。

「ミア、君がその靴をはいたところを見たい」

 ジャスティンの圧がすごい。

 なんか、靴の話なのに。ちょっと、なんか……。


 ピー―ッ。


 お湯が沸く音にジャスティンの動きが止まる。

「君はやかんまで味方につけているのか」

「? 紅茶にはお湯が必要だしね」

 ジャスティンがつまらなそうな顔をする。

「あの、ジャスティン。贈り物、ありがたくいただくわ。それとは別に、あなたにごめんなさいとありがとうがあるんだけど、どっちを先に聞きたい?」

「そうだな。ごめんなさいから聞くかな」

 ミアは頷き、彼に八つ当たりをしてしまった話をして、謝った。

「そして、ありがとうは、昨日の夕食よ。昨日しっかり食べたおかげで、わたしは今日、元気だったの。だから、その、お礼をしたいのよ」

「お礼? 君がぼくに?」

「嫌なら別に断ってくれていいの。あなたは交友関係が広いだろうし、忙しいだろうし。つまり、夕飯のお誘いよ。角に新しくできたお店、グラタンがとてもおいしいそうなの。あなたが食べるような豪華な食事ではないけれど」

「行く」

 ジャスティンがはっきりと答えた。

「そうだわ、あなたから貰った靴を履いていくわ。いい考え。紅茶を飲んだら行きましょう」

 ミアがジャスティンを見上げると、彼は笑っていた。

 その笑顔に、ミアのお腹の奥はもぞもぞとした。

 わたし、そんなにお腹がすいていたのかしら?


 この感覚がどういった感情に結びつくのかミアが自覚するのは、もう少し先のお楽しみ。




 

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