第10話③

 ミアは悪魔の言葉に、首をかしげた。


「ねぇ。『もう、いいだろう』って、どういう――」

 そう話しながら、ミアは自分の羽がピリリと痺れるのを感じた。

 あれっ? と思った時には、悪魔に抱えられ夜空に浮かんでいた。

「おれの首にしっかり手を回せ」

 ミアはおとなしく従う。

 

 そして、悪魔は飛んだ。

 

 すごいスピードだった。

 悪魔がミアを「ちび」と呼んだのが、悔しいけれど納得できた。

 悪魔の首に抱きつくミアには、彼の背中で動く羽が間近で見えた。

 力強く、闇をも切り裂く悪魔の羽は近くで見ても美しかった。

 

 悪魔の羽には、存在感があった。

 その羽が動くたびに、彼の命の力強さを感じた。

 生きている。

 今、ここにいる、確かな自信。

 そんな姿は、やはりミアの憧れだった。

 

 ミアは顔を上に向け、空を見上げた。


「お月様が、近いわ」

 部屋の窓から見るよりも、月は大きく、身近に思えた。

「それは、気のせいだ」  

 そんなに高く飛んでいるわけないじゃない、と悪魔が言う。

「そうかしら。でも、手が届きそうよ」


 ミアが月に腕を伸ばすと、悪魔は初めて笑った。

 ミアは今度は、下を見た。 

 家々の灯が、ちらちらと光っている。


「あなたの家は、どこなの?」

 悪魔は答えない。 

 その代わりに「もう、おれを呼ぶな」と言った。


 ――もう、おれを呼ぶな?


「私、あなたを呼んだかしら?」

 ミアは悪魔の顔を見るために、首の位置を変えた。

 ミアの目の前には、悪魔の頬があった。

「呼んだだろう」

 悪魔の答えに、ミアは、うーんと唸りながら考える。

「わたし、あなたの名まえを知らないわ。だから、呼ぶなんて無理よ」

「名まえなんか知らなくても、おれの姿を思い浮かべて、呼んだだろう?」

 ようやくミアはピンときた。

「もしかして、会いたいって願ったこと?」

「そうだ」

「あなたに、私の思いが届いていたってこと?」

「そうだ。しつこくも、毎晩毎晩。おまえは、おれの飛ぶ姿を見たいと願った。その思いが、迷惑にもおれに聞こえたんだ。でも、おまえはちびで馬鹿だがら、呼ぶ力が弱かったんだろう。結局、ちびで馬鹿なおまえを探し出すまでに、こんなに時間がかかったってわけさ」


 悪魔の言葉にミアは目を丸くした。


「あなた、すごいわ」

 ささやくような声で、ミアは言う。

「すごいのは、おまえだ。毎日毎日、飽きもせずに」

「すごいわ! すごいわ! 素敵!」

「馬鹿かっ、おとなしくしろ!」

 ミアの揺れる体を、悪魔は抱き直した。

「ごめんなさい。でもね、嬉しくて」

「なにがそんなに嬉しいんだ」

「だって、あなたは遠くに離れているのに私の声を聞いてくれた。わたしのところに来てくれた」

「来たくて来たんじゃない」

 悪魔が冷たい声でいい放った。



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