第35話 婚約
「ラウラ。結婚しよう……」
唐突なプロポーズに、読者諸氏も驚いたことだろう。
安心したまえ。
ラウラも固まっている。
出店から3か月スーパーマーケットの経営も軌道に乗ってきた。
社員も順調に育って、僕も仕事を任せられるようになっている。
まぁ、12歳の子供が何を言っているのか分からないと思うが、僕的には時間的余裕が出てきたのだ。
開店前には会社で寝泊まりする時期もあったくらいに忙しくており、ラウラにはさびしい思いをさせていた……。
ん? ……あれ?
ラウラも「浮気の監視する」とかいって一緒に外泊してたっけ?
まぁ、いいか。
そして、今日。
久々の休日であり、また、いつぞやの都心に繰り出していた。
僕も子どもながらにこんな身分でいると、背広を着込んだりもするわけで、一度本店に着ていったときは店長に笑われた。
ラウラにもちょっと高めのドレスをあつらえたりして着飾らせたりもしている。
まぁ、単に僕の趣味だが。
そして、ガキの癖にちょっと品の良さそうなレストランを予約したのだ。
あまり高級なトコロはやめたのだが、それでも僕らは目立っている。
プロポーズと言えば、彼女の誕生日なんて定番だが、ラウラは孤児であるから誕生日なんて分からない。
だから、何となく、適当な日曜日に出かけたのだ。
基本的にラウラはいつでも連れ出せるし、勝手に僕についてくる。
ラウラとて、いつもより「お散歩」の内容が豪華なことに気が付いてはいただろう。
午前には裏路地でチンピラ7,8人に絡まれたがとりあえずボコし、ハプニングにも負けずに貴金属店に入る。
そして、そこでラウラに指輪をプレゼントした。
特に装飾もない、内側に僕とラウラの名前が彫ってあるだけのシンプルなプラチナの指輪。
婚約の証にしては随分とそっけないかもしれない。
でもラウラみたいなおてんば娘には、宝石なんてどこかに引っかけるだけだろう。
残念ながら、帝国には婚約者に指輪を送る習慣なんてない。
つまり、これはただの僕の自己満足である。
ラウラは礼を述べたが、一応、プレゼントされたから言ったに過ぎないのだろう。
そもそも彼女はアクセサリーを欲しがったりはしない。
甘い菓子パンをほおばり、僕に抱き着いて日々を過ごす。
そんな無欲な女の子なのだ。
「予約していた、エルヴィンです」
名前で予約。
苗字が無いのだから仕方がない。
驚いた様子をおくびにも出さなかったウェイターは及第点だろう。
チップは弾んだ。
夕食後、ラウラを高台に誘い出す。
そもそも、帝都は中心部の宮殿が丘の頂上となる丘陵地帯なのだ。
涼しい風が吹く夏の日の夜。
いわゆる夜景が見える公園でベンチに並んで腰かけ、薬指に指輪をはめた、ラウラの手を握った。
ここで冒頭に繋がるのだ。
「ラウラ。結婚しよう……」
沈黙が何分続いたかは分からない。
少なくとも5分は経っただろう。
僕はしびれを切らした。
「ええいっ! ……ラウラは僕のモノなんだ。僕と結婚するんだよ。分かった⁉」
そう言って、彼女の手を引っ張って無理やりベンチから立たせると、抱き寄せてキスをした。
まぁ、段取りの天才である僕は、辻馬車をさっさと拾って、あんまり遅くなる前に北門までラウラを連れて帰ったんだけどね。
ラウラが僕の言ったことを理解したのは、一晩経ってからだったと思う。
昨日の夜はフリーズしてたのに、朝になると孤児院の子に、
「私、エルヴィンと結婚するんだ」
と言ってまわっていた。
みんな、「知ってるよ」といってたけど…………、
なんでだろ? 僕もみんなには言ってないのに。
神父さんの耳にも入ったらしい。
ちょうど、翌日が日曜だったこともあって、教会に店長やハインツ、ヘンゼル・ベーカリーでお世話になっている人たちを集めて、ラウラと僕の婚約式をしてくれた。
僕とラウラはみんなの前でキスをしたけど、店長は、
「なんだか、見慣れた光景だなぁ」
と言っていた。
参列してくれたみんなは笑っていた。
ただ、あの日からずっと、ラウラはあの指輪を付けたままだ。
————————————
完……………、と見せかけて……、
まだ、もうちっとだけ続くんじゃ。
いや、むしろ、ここからが本編です(汗)。
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